「僕は……“いい子”なの。いつもそうだった」

勝手に瞬を閉じ込めて、勝手に瞬を突き放した。
その負い目さえなかったら、俺は有無を言わさずに瞬を抱きしめていただろう。
そうしない俺を切なげに見詰めて、瞬はぽつりと言った。

フローリングの床に座り込んでいる瞬が、ひどく寒そうに頼りなげに見える。

「最初は、兄さんを喜ばせたくて、そうしてた。でも、段々それが当たり前のことになって……。それが嫌なんじゃないよ。僕には、“いい子”でいるのがいちばん普通のことで――気負ってるわけでも、意識してるわけでもなく、自然にしてるだけなんだ」

大きく息をついて、瞬が、唇を噛む。
「でもね、いい子って、つまんないんだよ。みんながみんな、同じ目で僕を見る」

生まれてこの方、いい子だったことなど一瞬たりともなかった俺に、いい子の悩みなどわかるわけがない。
「……“悪い子”になって、誰かに心配してほしかったのか」

俺のありきたりな推測に、瞬は横に首を振った。
「僕、そこまで子供じゃないよ。それに、僕は、そんなことする必要はなかった。僕には、いい子すぎるからって、心配してくれる兄さんがいたもの」

俺から瞬を奪い取っていった瞬の兄。
しかし、奴にしてみれば、最初に奴から瞬を奪ったのは、俺の方なんだろう。
瞬の兄の、憎悪をたぎらせた目を思い出して、俺はなぜか奴に同感していた。

「いい子って、いてもいなくてもいいんだよ。空気みたいな存在なの。誰も、僕を嫌ってくれない。特別に好きだと言ってくれる人もいない。兄さんだって、僕が実の弟でなかったら……」

考えるのが辛いのか、それを贅沢な悩みだと思っているのか、瞬はその先を言葉にはしなかった。
肉親でなかったら、“いい子”のことを心配するような輩は確かに、この世には存在しないだろう。





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