また、長い沈黙が、俺と瞬を包む。

俺たちはまだ、笑って昔話を交わせるようにはなっていないらしかった。


「どうして、あんなところにいたんだ。そいつのところに行く途中だったのか」
「ううん。彼は来るの。僕の方から、彼のとこに行ったことなんてない」
「捜しているかもしれないな」

時刻は9時をまわっていた。
昼過ぎにここに来て、何時間も――ほとんど沈黙だけの会話を、俺たちは続けていたことになる。

「僕の我儘、なんでもきいて許してくれるんだ」
「だが、無断外泊はまずいだろう」
「したことないからわかんない」

「だが、俺がおかしくなる。帰れ」

俺と瞬の間に横たわっている長い空白の時間を取り戻すことは、おそらく、もうできまい。
5年前のあの夏の日に、その大切な時間を、俺は自分で放棄してしまったんだ。


「うん」
瞬も、それはわかっていたのだろう。
俺の言葉を受けて、瞬はその場に立ち上がった。

瞬は、俺の電話番号すら尋ねようとしない。

「瞬」
「なに?」

俺は、訊かずにはいられなかった。
その答えを、俺の中に見つけ出すことができないのなら、それは瞬の中にしか存在しないはずだ。


「あの時、俺は――」

どうすればよかったんだ?

おまえを側に置きたくて、俺の中に閉じ込めてしまいたくて、その身体も心も意思も何もかも俺だけに向けておきたくて――。
だが、そうすることができなかった。

おまえが見詰める風景に嫉妬し、おまえの手が触れる花に嫉妬し、おまえを包んでいる空気さえ邪魔だった。
俺は――あの時、どうすればよかったんだ?

どうすれば、今、こんな辛い思いをせずに済んだんだ――。



瞬は、俺の電話番号さえ聞いてこない。
瞬はもう、俺に会わないつもりでいる――。

そう思った途端に、いくら飲んでも潤わすことのできなかった喉の奥から、俺は、声を絞り出していた。

「愛してくれなんてことは言わない。帰らないでくれ」

明日からまた一人きりの暮らしに戻るのだとしても、今夜を一人きりで過ごすのは耐えられそうにない。

「心まではいらないから、せめて触れさせてくれ」

瞬は俺を見詰めていた。
無言で。

やがて、瞬がその唇を開きかけ、俺は拒絶の言葉を聞きたくなくて、瞬を抱きしめた。

「今夜だけでいい」


――今夜が永遠だったなら、どんなにいいだろう。





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