だが、朝はくる。


俺が目覚めた時、瞬はとっくに自分の身仕舞いを整えていた。
瞬がそこにいなかったら、夕べのことは夢としか思えなかったろう。
いや、実際に瞬がそこにいても、夢のようだった。


朝の光の中の瞬には、夕べの艶めかしさはかけらもなかった。

純潔を象った、純白の百合。
美しくて、優しいのに、触れればすぐにでも手折れそうなのに――毅然として、汚れることを拒む花。



瞬はずっと、俺を見ていたらしかった。

瞬に手を伸ばしかけた俺は、優しい拒絶の予感に襲われて、その手を引き戻した。

「誰に……仕込まれたんだ」
「ひどい言い方」
瞬が、微かに眉をしかめる。


「じゃあ、僕、帰るね。さよなら、氷河」

それだけを言うために、瞬は俺の目覚めを待っていたらしい。

そして、瞬は、俺ではない誰かのところに帰っていく。
焼けつくような妬心が、俺から声を奪った

声を出したいのに、瞬を引き止めたいのに、言葉が出てこない。

離したくなかった。
取り戻せるものなら取り戻したい。

そのためにだったら、何だって捨てられる。
もう一度瞬をこの手に抱くためになら。


馬鹿げた話だ。
なのに、俺が命を削る思いで吐き出した言葉は、
「送っていく」
――だった。

こんな言葉なら出てくる。
昔と同じように、こんな――心と裏腹な――言葉なら。

「いいよ、僕、自分で――」、
「送らせてくれ」

食い下がって、ベッドから出ると、俺は、夕べ脱ぎ捨てたYシャツを床から拾いあげた。
この際、身に着けるものなど気にしていられない。
俺は昨日も着ていたそれに、急いで袖を通しかけ、そして、
「迎え、呼ぶから……。氷河には会ってほしくないの」
という、瞬の言葉に身体を凍りつかせた。


そういうこと、なわけだ。

朝帰りの恋人を、そいつは迎えに来るのか?
瞬は、そいつに、俺とのことをどう言い訳するんだ。

そのまま正直に言うのかもしれない――と、俺は思った。
それでも、そいつは瞬を許すのかもしれない。
そして、俺は瞬の中で完全な思い出になっていくんだろうか。





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