王の姿を、これほど間近に見るのは、氷河も今日が初めてだった。
身分を偽って他国の王族や貴族たちとは親しく交際していても、この国に戻れば、氷河は無位無官の臣にすぎない。
瞬の近習として拝趨するのでもなければ、一生口をきくこともなかったはずの王だった。



王の周囲には、退廃と死の饐えた香りが満ちていた。

40代半ばの、軍事にも色事にも精力的な王は、さすがに若い頃には幾多の侵略戦争で軍頭指揮をとってきた武人だけあって、優れた体格を有していた。
精悍で、容貌も醜くはなく、むしろ美丈夫と言って差し支えないような男だった。

だが、瞳が死んでいる。
あるいは、狂った者の目だった。

先ほど控えの間で会った青年にどこか似ている──と、氷河が思ったのは、二人に共通した漆黒の髪のせいなどではなく、その眼差しと雰囲気のせいだったろう。

それで言うなら、王の周囲にいる者たちは皆、どこか似通っていた。
謁見の間にいる侍従、居並ぶ近衛兵たちまでもが、まるで覇気の感じられない目をしている。


死が拡大するためには、命を食わなければならない。
闇が力を増すためには、光を侵食しなければならない。

輝くような生気に満ちた瞬は、この王と王宮の格好の餌なのかもしれないと感じ、氷河は我知らず身構えていた。
王宮に充満する退廃の空気の前に立ちすくみ、瞬はいつもの溌剌さを失っていたが。






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