瞬には、まるでわからぬ話だったろう。 海千山千の食えない王──というだけでも厄介なのに、人間の卑しさを隠そうとしない男の、どこまでが本気でどこまでが戯言なのかも判じきれない言葉。 宮廷での駆け引きも、政治上の取引も、そして、初恋も知らぬ身で、瞬が王の言葉をどこまで理解できていたのか──氷河には、むしろそちらの方が判断に悩むことだった。 控えの間に戻ってきた瞬は、椅子ではなく氷河に寄りかかって、青ざめ震えている。 「大丈夫です。瞬様は私が必ずお守りいたします」 本来なら触れることも許されない肩を抱き寄せて、氷河は瞬に告げた。 瞬が、氷河の胸の中で左右に首を振る。 あの王のまとう死の世界のそれにも似た空気がそれほど恐ろしかったのかと、氷河は、瞬の肩に添えた手に力を込めた。 「確かに王は瞬様を当て馬にするつもりだったのかもしれません。が、国王は、ハーデスを完全に信じている様子でもない。瞬様が次期国王に選ばれる可能性が皆無というわけではなさそうです」 「氷河……」 自分を鼓舞するためのその言葉を聞いた瞬が、ゆっくりと顔をあげ、心許なげな眼差しで氷河の瞳を覗き込む。 『僕が王子様になったら、僕、氷河をずっと僕の側に置いておくことができるかしら』 大きな欲心も野心もなく、ただ一人ではいたくないというささやかな望みのために、王子の地位が欲しいという瞬には、王子というものになり、あの王の側に在ることへの恐怖は、想像しただけで耐え難いものだったのかもしれない。 氷河は、思わず、先に告げたものとは全く逆の言葉を、瞬に与えてしまっていた。 「……瞬様は、選定に挑むことを受諾しただけなのですから……もし、本当に恐ろしいのでしたら、選定の場で、ハーデスに負けてしまえばいいだけのことです」 そして、選定で負ければ、小さな公爵と氷河の許には、これまで通りに、年に数度会えるか会えないかの日々が戻ってくる。 許されることなら、このまま瞬をどこかにさらって行ってしまいたいと、氷河は思った。 しかし、この挑戦には、これまで王に一顧だに与えられることなく没落しかけていた公爵家の、まさに浮沈がかかっている。 一度選定に挑むと王に返答してしまった後では、逃げることも不可能だろう。 |