痛ましげに自分を見おろしている氷河の目を、瞬はしばらく無言でじっと見詰めていた。
あどけない子供のそれではあったが、瞬の瞳には考え深げな、聡明そうな輝きが宿っている。

「大丈夫だよ。国王様の前では、なんだか息苦しかったけど、今はもう平気」
「……瞬様」

「違うの。僕、あんまり気楽に考えすぎていたんだなぁって、そう思っただけなの。王子様になるって──国の進退を考える立場に立つって、とっても大変で、大きな責任を負うことなんだね。あんなに……誰かを信じることをあんなに難しいことにしちゃうくらい、人を変えることなんだ……」

『人を変える』という自分の言葉に、瞬は何の疑念も抱いていないようだった。
人は本来は心優しく善良なものと、瞬は堅く信じているに違いない。

「あそこには、良くない空気が充満してた。お城は巨大で僕を威嚇しているみたいだったし、国王様は怖くて威圧的だった。でも、こんな大きなお城やごてごてした調度は馬鹿げてるだけ。王様はお気の毒なだけ。怖がることなんかないよね」


まだ少しばかり青ざめたままの頬に無理に微笑を浮かべて、瞬は氷河の横から立ち上がった。
控えの間の開き窓を開け放ち、室内に新鮮な空気を入れてから、氷河を振り返る。

「こうすればいいだけなんだから」
「瞬様」

「僕、こうするから。……王子様になったら」
「…………」

小さな公爵の、明るく屈託のない笑顔に、氷河は驚嘆していた。


身分にこだわることを愚かな行為だと、王は言っていた。
瞬の決意が、高い身分に生まれたこととは無関係のものだというのなら、おそらく、これは不遇のうちに亡くなった公爵の血と意思と教育の賜物なのだ。


「お手伝いいたします、瞬様」

瞬は、もしかしたら、自分が考えていた以上に、仕える価値のある主なのかもしれない──愛情や憐憫だけでなく、心底からの衷心と誇りとを抱いて仕えることができるほどの──。

自分の主が、その小さな身体の中に隠し持っている可能性を感じて、氷河は、不思議な高揚感を覚え始めていた。




「──君も馬鹿だねぇ」

身体の奥底から湧き起こってくる氷河の歓喜に水を差したのは、つい先程、この部屋を出て行ったばかりの、黒衣の青年だった。






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