彼は、ふいに、たった今氷河と瞬が退出してきた扉の向こうから、その姿を現した。 自分のライバルと王とのやりとりを、彼はどこかで盗み見ていたものらしい。 「次代国王などに決まってしまったら、君の可愛い公爵様は、君の手の届かないところに行ってしまうだけなのに。貧乏公爵でいる時にならともかく、ろくな地位も身分もない君のような人間が、王子の側にいることを、この王宮のハイエナ共が許すとでも思っているのか?」 ハーデスの言葉に、氷河はぎくりと身体を強張らせた。 期待通りの氷河の反応になど興味もない様子で、ハーデスが瞬の前に立つ。 「さすがは、国への至誠を貫いた公爵の遺児──といいたいところだが……。強くなどならない方がいいよ、坊や。幸せでいたかったらね」 瞬が、突然現れた黒衣のライバルの忠告に、きょとんとする。 「君は、風に吹かれたら揺らぎ、雨に打たれたらすぐに倒れ伏すような花でいた方がいい」 「あの……?」 「利口になる必要もない。世間知らずで頭の足りない純朴な子供のままでいなさい。害もなければ毒にもならない、誰にでもにこにこして、悪い事など考えたこともないような振りをしていることだ。そうしていれば、君をいいように利用する輩は出てくるだろうが、誰も君を憎んだり妬んだりすることはないだろう。そして、君の騎士様はいつまでも君を守ってくれる」 「…………」 「皆に愛され、幸せでいたいのなら──君の騎士殿に愛されていたいのなら──愚かな弱者でいることだ」 いかにも親切顔をして告げるハーデスに虚を衝かれたような顔をしていた瞬は、しばしの間をおいてから、自分のライバルに小さく横に首を振ってみせた。 「僕が氷河に側にいて欲しいと思うのは、氷河に守られていたいからじゃない。僕が氷河を好きだからだよ。ただそれだけ」 「瞬様……」 氷河は、自分への純粋な好意を口にする瞬に、ひどく複雑な気分に陥っていた。 確かに瞬は、氷河に側にいてほしいと言うことはあっても、氷河に守って欲しいと求めてきたことは、これまでただの一度もなかった。 だが、それは、瞬が自分の願いを言葉にしないだけなのだと、氷河は、これまで勝手に思い込んでいたのだ。 地位も身分も瞬の下位にある氷河には、瞬を守ることでしか、自身の思いを形にすることができない。 氷河は、瞬に与えられる何物も持ってはいないのだ。 ただ、瞬を守り庇うことだけが、彼が瞬の側にい続けるための“理由”だった。 |