氷河は、今になって初めて、これまで自覚していなかった自分の願望に気付いたのである。

自分がいつも心の奥底で、瞬を庇い、守り、甘やかし、自分に水を与えられなければ咲いていられない花でいてほしいと願っていたこと、に。
そうするための何かができないが故に、離れている時間が不安だったのだ。
自分が側にいない間に、瞬が強くなってしまうのではないかと――。


「強くなるとも、強くなれるとも断言できない。でも、弱いままでいたいなんて思ったことは、僕は一度もありません」

重ねてハーデスに告げる瞬の声に答えたのは、氷河だった。

「そんな瞬様ではいてくださらないのか。私に守られているのはお嫌なのか」
「氷河……?」

「では、俺の存在意義はなくなる……」
「氷河、何を言ってるの?」

ほとんど独り言のように抑揚がなく掠れた氷河の声音に、瞬が首をかしげる。

ハーデスは、そんな氷河と瞬に、意味ありげな眼差しを投げかけてきた。
「守るべきものがないと強者でいられないのは騎士様の方か」

ハーデスは何が嬉しいのか、満面に笑みをたたえていた。
氷河の側に近寄れずにいる瞬の顎をすくい上げ、歌うように楽しげに言う。
「可愛らしいのも罪だね、坊や」

「──あなたは、今、不幸なの?」

間髪をおかずに返ってきた瞬の言葉に、彼は、一瞬、目をみはった。
「は……。坊やは、存外にお利口さんだ」

ハーデスが、目許に微笑を刻む。
「だが、お利口さんは嫌われるんだよ」

浮かべていた笑みに急に怒りの色を載せて、ハーデスはまるでそれが瞬への罰だとでもいうかのように、瞬の唇に冷たい唇を重ねてきた。

「や…っ!」
それが挨拶のキスではないことを感じとった瞬が、ハーデスの唇から逃れるために身じろぐより先に、

「瞬様!」
氷河は、瞬からハーデスを引き剥がし、彼を殴りつけていた。

「汚らわしい手で瞬様に触るなっ!」
「氷河っ!」

守ってほしいと望んだことはないと言っていた相手に、瞬は一瞬のためらいもなくしがみついてくる。
その肩を押し戻すことは、氷河にはできなかった。

いつかはその言葉通りに、瞬が氷河の庇護の手を必要としなくなる日が訪れるのだとしても、今の瞬には、それは必要なものなのだ。






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