「ハーデス? ハーデス、そこにいるのか? 一人ではないようだな」 隣室から聞こえてきた声に──というより自分の愚行に、ハーデスは音を立てて舌打ちをした。 大きく息を吐き出してから、いつもの皮肉を帯びた口調を無理に装い、ハーデスは王に答えた。 「そろそろ、公爵をいたぶるだけでは飽きたでしょうから、新しい趣向を用意しただけですよ」 「なに?」 「公爵の騎士殿をお連れしたんです。見せてやりたいと言っていたではありませんか」 「なるほど。嫉妬に狂った馬鹿な男が騒いでいるというわけか。連れて来い」 「ただ今」 王の命令に声だけで頷き、ハーデスは、いまだに怒りを抑える術を知らずにいる氷河を振り返った。 「もう少し利口な男だと思っていたのに。どうなっても知らないぞ」 恋が、ここまで人間を愚かにするものなら、利口でいたい人間は恋などすべきではない。 すべきではなかったのにと、ハーデスは苦い思いを噛みしめた。 |