「これは命令だ。おまえにも願ったり叶ったりではないか。おまえが公爵をどういう目で見ているのか、私が気付いていないとでも思っているのか」
王が瞬の細い腕を乱暴に掴みあげて、それをハーデスに手渡そうとする。

(私がどういう目で公爵を見ているかだと……)
本当に、王はわかっているのだろうかと、ハーデスは王に問い詰めたい気分になった。
恋と妬みと憐憫と憎悪と憧憬と、無垢だった頃の自分への懐旧の念。

複雑に絡み合ったそれらの感情のうち、妬みと憎悪とが、最も強い力で今のハーデスを支配していた。

「……公爵殿、不本意ながら、王の命令なのでね」
ハーデスが、王から白い腕を受け取る。


「ハーデス、貴様っ!」
これ以上、他の男の手が瞬に触れるのには我慢ならない。
氷河は今度こそ瞬を奪い返そうとして身を乗り出し、再び王の威喝にそれを断念させられた。
「公爵殿の名誉のためにも、大人しくしていた方が利口だぞ、騎士殿。ここに近衛の兵たちを呼び寄せて、公爵のあられもない姿を奴等に見せてやりたいというのなら、話は別だが」

氷河は、屈するしかなかった。
そんなことができるはずがない。
屈辱に青ざめつつ拳を引いた氷河を見て、王は薄笑いを浮かべた。

「幸運な騎士殿、自分の幸運を他人に分け与えるだけの度量を持ったらどうだ。大目に見てやることだな。ハーデスには、多分、これが初恋だろう」


その程度の認識かと内心でハーデスは王を嘲った。
だが、実のところ、それがすべてなのだということも、ハーデスにはわかっていたのだが。






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