「氷河……」

公爵邸から――瞬の側から―― 一時たりとも離れるわけにはいかなくなった氷河は、あれからずっと公爵邸の一室を借りて、そこに寝起きしていた。
それは、前公爵の居室だった部屋で、氷河は恐れ多いと固辞したのだが、狭い離宮に他の空き部屋はないと言い張る瞬に押し切られる格好で、氷河はその部屋を使わせてもらっていた。

その部屋を瞬が訪ねてきたのは、あの悪夢から1ヵ月近くが経った深夜のことだった。

悪夢の痕跡が身体からすっかり消えた瞬は、今は手足が剥き出しになる夜着を着れるほどになっている。
扉の前に、母親を求める子供のような目をした瞬の姿を見い出して、氷河は戸惑った。

「……どうされたのです。こんな夜更けに」
「変な夢を見るの」
「変な夢?」
「うん。怖い夢」
「…………」

氷河自身、それを恐れて、ここひと月の間、ほとんど眠れずにいた。
氷河の怖れる夢は、考えようによっては甘美な夢ではあったのだが。

「……怪物が出てくる夢でもご覧になるのですか」
「うん……。僕、怖いんだ」

呟くようにそう言って、瞬は、ためらいがちに、上目使いに氷河に尋ねてきた。
「一緒に眠っちゃ駄目?」
「……!」

それこそ、氷河にとっては悪夢である。
努めて平静を装い、氷河はわざと呆れたようにぼやいてみせた。
「瞬様は、いったい幾つにおなりです」

「だって―― 一人で眠ると変な夢を見るんだもの。ね、そうしよ? 子供の頃は、氷河、いつもそうしてくれたよ?」

が、大人の振りを続けるのにも限度がある。
「瞬様は、もう子供ではないっ!」

思いがけない氷河の怒声に、瞬がびくっと全身を震わせ、父親に悪戯を叱責された幼な子のように、泣きそうな顔になる。
「そ……そうだね。ご……ごめんなさい」

世界の全てに拒絶された人間なら、そんな悄然とした影を映すものだろうか。
否、瞬の様子は、落胆というよりも、氷河の拒絶に恐怖しているようだった。

「瞬様……!」
肩を落として氷河の部屋を出ていこうとする瞬を、氷河は呼び戻した。

他にどうしようもなかった。






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