氷河の横で、瞬の目は、まるで母親の胎内に戻った子供のように安堵の色を浮かべていた。
瞬は、数年振りに、自分のものではない温もりを感じながら眠りに就けることが嬉しくてならないらしい。
人と触れ合うことを瞬が怖れていないことは良いことなのだと、氷河は無理に思い込もうとした。

「氷河は変な夢、見ることない?」
人肌に触れていると、心配事の語らいすら睦言めいた響きを帯びてくる。

「――あります」
「どんな?」
ひと月前よりははるかに、瞬の声音の怖れの色は薄らいでいた。

「いるはずのないところにいたり、時間が交錯していたり――今の瞬様と同い年の私が遊んでいたりする」

「そう……そうだよね。きっと、みんな、ありえないことを夢に見たりするんだ……」
少し切なげに、だが、安心したように、瞬が小さく呟く。

「そんなこと、あるはずないのに――」
そして、瞬は、氷河の腕に手を伸ばしてきた。

「…………」

自分の身体の変化を気取られないように、氷河が僅かに身体の位置をずらす。
が、そんな氷河の気も知らず、瞬は氷河の腕にしがみつき、そして、頬を押し当ててきた。

「きっと……こうしてれば、怖い夢は見なくなる……」

一瞬、氷河は、自分こそが悪夢の中に一人放り出された路傍の石めいた存在のような錯覚を覚えた。
神が、度を越した悪ふざけをしている――そうとしか思えなかった。

瞬に試練を課した神は、非力な人間を嘲笑うかのように、すやすやと規則正しい寝息を立て始めている。
逆に、氷河は、鼓動が異常に速くなり、身体中の血液が一点に集中し始めていた。

滑稽な一幕劇の主役。
道化が、その舞台の上で何を考えながら道化を演じているのか尋ねてみたい――という、馬鹿な考えが、氷河の脳裏を掠めていった。






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