「おはようございます、瞬様」

瞬の不安を取り除いてくれたのは、いつもと変わらぬ様子で瞬の部屋に入ってきた氷河の、いつも通りに瞬の名を呼んでくれる声だった。
手に水盤を持っている。

昨夜は一つになっていることが幸せで、離れたくないと願っていた氷河が、自分とは違う存在としてそこにいることに、瞬は、今は安堵していた。
別々の身体だからこそ一つになることもできるのだと、今なら思うことができた。


「お…おはよう……。僕……生きてるの……」

瞬に問われた氷河が、一瞬、目をみはる。
それから、彼は苦笑した。
「私が瞬様を殺したりなどするはずがございません」

「そ……そうだよね。でも……」
瞬が、僅かに言い澱む。
「でも、殺されるかと思った……」

それは、瞬の、嘘偽りのない本音だった。
そのまま死んでもいいと思ったのも事実ではあったが。

「お身体がお辛いのでしょうか」
睫を伏せた瞬に、今度は氷河が気遣わしげに尋ねてくる。

瞬は、小さく横に首を振った。
「あ……あの……氷河がまだ僕の中にいるみたいで、変な感じなの」

「瞬様がお気を失いましてからも、幾度か交わらせていただきましたので」

「…………」
今度は、瞬の方が瞳を見開く番だった。
そんなことが可能なのだろうかと。

「そのたびに、少しお目を覚まされました。お嫌なのかと尋ねましたら、そのまま私にしがみついていらっしゃるので、お嫌なのではないのだろうと――」
「…………」

瞬には、まるで記憶がなかった。
既に身仕舞いも整えてしまっている氷河を見上げ、至極当然の疑問を口にする。
「氷河……眠った?」

「いいえ」
氷河のあっさりとした返事が、瞬には驚嘆すべき事実だった。
瞬自身は、寝台の上に身体を起こす気力さえ、まだ湧いてこないというのに。

「あの……疲れてないの?」
「疲れなど感じている余裕はありませんでした。瞬様があまりにお可愛らしくて――むしろ、眠れなかった……」
後半は、独り言めいていた。

瞬が、その答えにもじもじする。
「僕……眠っちゃったのは失礼だったのかしら」
「いいえ。私の方が無理なことをいたしました」

「ううん、あの……」
何と言ったらいいのかわからない。
記憶がない間、何かひどく恥ずかしいことをしたような気がしてならなかった。






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