「瞬様」 手にしていた水盤を寝台の脇のテーブルに置いた氷河が、瞬の困惑に気付いていないような顔をして尋ねてくる。 「キスしてもよろしいでしょうか」 戸惑ったままで、瞬は氷河にこくりと頷いた。 「ありがとうございます」 キスの許可を得ると、氷河は寝台の上に腰をおろし、そして、腰を屈めて、瞬の唇に唇を重ねてきた。 氷河の唇が離れた時、瞬は、何が起こったのかわからずにきょとんとしている自分に気付いたのである。 「……唇に……なんだね」 「どこにキスされると思っていらしたのです」 氷河に問われた瞬の頬が上気する。 「お望みの場所をおっしゃってくだされば、その通りにいたしますが」 「だ……駄目だよ! 今日はこれから王位継承の――」 継承者に選ばれなければそれでよし、選ばれたら辞退するつもりの、王位継承者の発表がある。 「どこにご所望だったのです」 重ねて尋ねられて、瞬は、自分が氷河に“いじめ”られていることに気付いた。 気付いても、瞬は、ひたすら頬を真っ赤に染めることしかできなかったが。 「お着替えをお持ちいたしましょう」 これ以上、可愛い主人をいじめるのは気の毒と思ったのか、氷河が話を変える。 瞬は、他にどうすることもできなくて、上掛けで顔を半分隠した。 瞬の衣服を持ってくるために部屋を出て行こうとする氷河を、呼び止める。 「――氷河、僕を好き?」 「もちろん、今更申し上げるまでもなく、私は瞬様のために生きております」 「僕が公爵でなくて、王子様にもなれなくて、ただの子供でも――」 「瞬様が瞬様でいらっしゃるのでしたら、私は瞬様に永遠の忠誠をお誓い申しあげ……」 「僕を好き?」 氷河の返事を遮って、瞬が再度問う。 「はい。私は瞬様のしもべでございます」 「僕を好き?」 「…………」 忠誠を誓う言葉の他に、瞬がどんな言葉を求めているのかが、氷河にはすぐにはわからなかった。 しばしの間を置いて、“それ”に思い至り、今更言うまでもないその言葉を瞬に捧げる。 「好きです。瞬様」 「ありがとう、氷河」 望むものを手に入れた瞬は、白い花が光の中で開花するように、顔をほころばせた。 |