「瞬様は貴様などに――!」

「僕は――僕たちは――僕たちの人生は、王様に狂わされたりなんかしない! 何があったって、それを生きてるのは僕たちだもの!」


王の挑発に乗りかけた氷河の言葉を、瞬の声が遮る。
氷河は、途端に冷静さを取り戻した。
瞬に仕えていることを、今ほど誇らしく思ったことはなかった。

「ハーデス。本当に復讐したいのなら、いちばんの復讐は、おまえと王妃様が、王の仕打ちに屈服せず、幸福になることだと思うぞ」

ハーデスが、口調だけは抑揚がなく、しかし、どこか苦しげな響きを載せて、氷河に尋ねてくる。
「貴様と公爵はそれを手に入れたのか」

「…………」
氷河は、今のハーデスに、自身の幸福を知らせる気にはなれず、氷河の沈黙に、ハーデスは肯定の意を汲み取った。

「……偉そうなことを言える立場か! 実に愉快な復讐を企ててくれた騎士殿が!」
王よりも、今はハーデスの方が辛そうだった。

「あれは復讐ではなく――俺は、王が二度と瞬様に触れることがないようにしたかっただけだ」

「……だとしても! そうだとしても、あんたたちは、自分が幸せだから、そんなことを平気で言えるんだ! 私や私の母や兄たちがどんな目に合ってきたかを知らないから、そんなことを気楽に言える! あんたたちはいい。いつもいつも何があっても、守って守られて、愛し愛されている。だが、私たちは――」

やりきれなさに身悶えているようなハーデスに、瞬は小さく首を横に振った。
「……僕は……僕たちは、自分を不幸だと思っている世界中の人たちに、幸せでいてごめんなさいと謝らなきゃならないの?」

「…………」
さして大きな声ではなかったが、それは、王の助命を願う瞬の言葉よりも強く、ハーデスの胸に響いたらしい。
ハーデスを不幸にしているのはハーデス自身だと、瞬は告げていた。

「……可愛らしい顔をして、きついことを言う。そうだ。私が不幸なのは、私が弱くて、自分で自分を不幸にしているからだ。そんなことはわかっている。だが、だからこそ、この男を殺し、王位だけでも奪い取らないことには、私には生まれてきた意味がないではないか!」

「あ……あなたが、そんなつもりで王様になりたいというのなら、僕、あなたに王位は譲りません! 自分が弱いことに甘んじている人になんか……! 自分を弱いって言うことなんか、誰にだってできるんだからっ!」
「瞬様……」
「そう言って泣くことなんか、誰にだってできるんだから……っ!」

自分の弱さを嘆く涙は流したくないのだろう。
今、瞬の頬を濡らしているのは悔し涙なのだと、氷河にはわかった。






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