氷河は瞬を見詰め、瞬は青い空を見上げていた。
瞬の視界の先には、本当は氷河の姿があったのだが。

「ねえ、氷河。いつ、僕を連れてってくれるの?」
「それは……」

面と向かっては尋ねにくいのだろう。
問われた氷河は、口籠もらざるを得なかった。

この瞬を独占することが、本当に許されるのだろうかと、氷河は今更ながらにためらっていた。
瞬に好意を持っているハーデスが正式にこの国の王になって、これからの瞬は栄耀栄華を思いのままにできるようになるはずなのである。



「どこかに旅行にでも行くつもりなのか?」

答えを待つ瞬と答えをためらう氷河の間に、突然、別の声が割り込んでくる。

「ハーデ……陛下」

退位を余儀なくされた前王に代わって、つい先日、この国の王座に就いた男の姿が、そこにあった。
この国の最重要人物になったというのに、供のひとりも連れていない。

「王自ら、有能な人材をスカウトに来たんだが」

あれから半月。
すっかり落ち着きを取り戻した様子のハーデスを見て安堵したのか、瞬は笑って横に首を振った。
「それは名誉なことですけど、僕は、氷河と一緒に行くんです」

「その行き先が、私の王宮だっていいじゃないか。私は王になったからね。何でもしたい放題だよ。没収された公爵家の領地を公爵殿に返すことも、騎士殿のお父上の名誉を回復することも、何でもしてあげるよ」
王になったハーデスの口調には威厳も何もなく――むしろ、以前よりもくだけたものになっていた。

「あの趣味の悪い城もどうにかしたいし、他国との友好関係の回復にも努めたいし、騎士殿と公爵殿には手伝ってほしいことが山のようにある。なにせ、今いる大臣たちは、上手いのは阿諛追従だけの無能ばかりだからね」


「でも……僕は、氷河と」
「自分の幸せばかり追求するのはよくないな。君は、この国の王子様じゃないか」

「え?」
ハーデスの言葉に、瞬は瞳を見開いた。
若い国王の座する国に、王子など必要のないものではないか。

瞬の戸惑いを、ハーデスは故意に無視した。
そして、彼は、まるで挑発するように、氷河と瞬に流し目を送ってきた。
「そりゃあ、公爵殿は騎士殿に可愛がってもらえていれば幸せなのかもしれないが、騎士殿はいずれにしても、公爵殿を食わせていくために働かなければならないわけだろう? 王宮を出て、何をするつもりなのかなぁ。女でも引っかけて、金を引き出させるのか? せっかくの才能が勿体無い話だよね」

重ねて投げかれられたハーデスの言葉に、瞬が呆然とする。
そんなことを、瞬は考えてもいなかったのだろう。

「しゅ……瞬様、私は決してそのような――」

慌てて弁明に出た氷河の前に、ハーデスが立ちふさがる。
「まあ、公爵がすっかり私とのことを忘れているところを見ると、騎士殿は相当の手練手管の持ち主らしいから、それが天職なのかもしれないが」

ハーデスの挑発を真に受けた瞬は、泣きそうな目になった。
「氷河……僕以外の人にあんなことするの」

「いたしませんっ!」
情けない疑いをかけられた氷河が、半ばヤケになったように叫ぶ。

新王は、氷河のその様子を見て、けらけらと笑い声をあげた。
「せっかく、城を趣味良くしても、可愛らしい王子様がいないことには、画竜点睛を欠くというものじゃないか。私の城においで。騎士殿とふたりきりになれる部屋も用意してあげるから」

「…………」
屈託なく笑うハーデスに、瞬は、ぽかんと、滅多にお目にかかれない珍獣でも見るような目を向けた。

「公爵、どうかされたか?」

「ハーデス――陛下は雰囲気が変わった……変わりました。なんだか、明るくなったみたい」
王にしては威厳に欠けるが、それは良い変化なのだろうと思う。

「公爵殿と騎士殿に幸せにしてもらったからね。まあ、失恋もさせられたが」

「僕は……ただ、氷河に……僕は氷河に助けてもらっただけです……」
「騎士殿は同じ気持ちを公爵に抱いていることだろう」

「む……」
自分が言おうとしていた言葉を、よりにもよって軽薄この上ない王に奪われて、氷河は不愉快になった。

氷河の不機嫌を見てとったハーデスが、ますます楽しそうな顔になる。

それから、彼は、ふいに真顔になった。






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