少しでも早く、眠りに落ちたい。
そう願う人間に、眠りはなかなか訪れないものである。
夢の始めにいつも自分を包む白い霧に気付いた時、だから、瞬は狂喜した。


「氷河……っ!」

半ば悲鳴のようにその名を呼ぶと、異民族の衣装を着け、腰に刀を佩いた氷河の姿が、瞬の前に現れる。
「氷河!」
この半日を、千年の時を過ごす思いで耐えていた瞬は、一瞬も躊躇することなく、その胸に飛び込んでいった。

どれほど意識の外に追いやろうとしても瞬にまとわりつくのをやめてくれなかった氷河の腕が、瞬の身体を強く抱きしめる。

「よかった……氷河……もう会えなかったらどうしようかと……よかった……」
氷河に抱きしめてもらうと、不思議なことに、あれほど瞬を苛んでいた氷河を欲しいと思う気持ちは徐々に薄らいでいった。
こうして出会い、抱きしめてもらえるのなら、それだけでいいと思い、実際に瞬はそれだけで満ち足りた気持ちになった。

「俺の方こそ――もう、おまえの夢の中に入れてもらえないんじゃないかと、気が気じゃなかった」
瞬の髪に絡められた氷河の指が、少し震えている。

昨夜は瞬の意思など気にかけてもいないように横暴だった氷河の思いがけない小心が、瞬には不思議――まさに不思議――でならなかった。

「ぼ……僕、恐くなかったし、痛くなかったし、全然平気だったよ……!」
「嘘をつけ」
「氷河……」

確かにそれは嘘だった、が。
今の瞬は、優しいばかりの氷河など求めていなかった。
もう氷河は、昨夜のようなことをしてはくれないのだろうか?――と、瞬は急に不安になった。

「嘘……じゃないもの。僕は本当に――」
瞬の意思ではどうにもならないものが、瞬の瞳を潤ませる。
夢の中でしか会えない人に、夢の中で抱きしめてもらえなかったら、必死に“昼”という長い時間を耐え抜いた意味がないではないか。
不安と落胆で、瞬は瞼を伏せた。

氷河が、そんな瞬の頬に手を伸ばしてくる。
「また――恐い思いをさせてもいいのか?」

氷河に、そう問われた瞬は、ぱっと瞳を輝かせた。
「あっ……あの、僕、氷河はいっぱい恐い方が好きみたいなの……!」

気負い込んで言い募る瞬に、氷河が僅かに瞳を見開く。
「恐いもの知らずな太子様だ」
そう言って、氷河は、気掛かりが失せたように苦笑した。





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