氷河の住宅兼倉庫は、僕の家から歩いて数分のところに最近建設されたばかりの高層マンションだった。
都会では、こういう無風流な土地の使い方をするしかない――と、父さんが嘆いていた建物。

その無風流な建物の建築施工を請け負ったのは父さんの会社で、父さん自身は、そのすぐ近所に大きな平屋の倉庫を余裕で建てられるほどの広さを持った庭つきの家に住んでいるくせに、ほんと、父さんは好き勝手なことばかり言っている。

氷河の部屋は、その不粋な建物の最上階にあった。
倉庫として使っているというのは、あながち嘘ではなかったのかもしれない。
そこは、家具らしい家具のほとんどない、ひどく殺風景な住まいだった。
住人が引越してくる直前の部屋って、こんなふうなんじゃないだろうかと思うような。

「高いところが好きなんだ」
と、氷河が呟くように言う。

馬鹿と煙は何とやら――と応じようとした僕は、かろうじてそれを口にする前に、その言葉を喉の奥に押しやった。
出会うことがずっと以前から運命づけられていたような不思議な感覚を、僕は氷河に感じていたけど、実際には、僕は、そんなことが言えるほど彼と親しいわけじゃない。

そんな僕に、氷河は、また含むような笑みを向けてきた。
僕が言いかけてやめた言葉を察したんだろう。
きまりが悪くなって、僕は微かに瞼を伏せた。 

「夜景が綺麗なんだ。しばらく待っていれば、ここから見事な都会の夜景が見られる」
「そうなんですか」

冬は、陽が暮れるのが早い。
僕の眼下に広がる家々やビルの窓には、そろそろ灯りが灯り始めていた。
それが、この部屋の唯一の調度品みたいに。

僕が最初に通された部屋は、真新しい応接セットが一組あるだけの、本当に生活臭のない空間だった。





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