僕は、きつく、唇を噛み締めた。 そして、大きく深呼吸して氷河の前に立ち、彼の青い瞳を見上げて、言った。 「そんな昔の時代のことにこだわってたって無意味だよ。今は、誰と誰がセックスしたって、誰も咎めない。神様なんか、2世紀も前に死んじゃったんだから」 キアラなんか、僕は知らない。 今ここに、生きて、生きた身体を持って存在するのは、僕と氷河だ。 「僕は、氷河のキアラみたいに清らかでも控えめでもないから、氷河が望めば、いくらでも氷河のものになってあげる」 「瞬……?」 「もちろん、氷河も僕のものになるんだよ」 氷河は驚いて――その瞳を見開いた。 彼のキアラにそっくりな少年が、淫らな提案を持ちかけていったから? そりゃあ、嫌だろうね。 でも、そんなことは、僕の知ったことじゃない。 氷河の青い瞳に、僕が映ってる。 氷河のキアラにそっくりだっていう僕が、泣きそうに挑むような目をして。 「氷河のキアラ……本名は何ていったの?」 「有馬──思い出せない……。キアラはキアラだ。清らかで優しくて、いつも穏やかな目をしていて──」 氷河の瞳には――僕を射るように強い力を秘めていた、あの瞳には――今は、困惑の色だけが浮かんでいる。 当然だよ。 氷河は、僕に、自分の切り札を見せてしまったんだから。 切り札を晒してしまったら、氷河はもう、何の力も持ってない。 「でも、キアラは、氷河を拒んだんでしょう?」 「……わからない。俺はあの時、拒まれるものと決めてかかって、我を失っていて──」 「嫌だったに決まってるよ。だいいち、キアラが氷河を受け入れたら、その途端に彼は、氷河が大好きな清らかで優しいキアラじゃなくなる。そんなのは、氷河だって嫌でしょう?」 僕は、氷河とは違う。 僕は、最初から切り札も秘密も持ってない。 最初から、氷河にすべてをさらけだしていた。 それが、僕の力だ。 「切られた俺のために、キアラは泣いてくれた。死なないでくれと、俺にすがって──」 「自分のせいで人に死なれたら、後味が悪いもの」 「キアラは──」 「僕は瞬だよ、僕を見て」 爪先立って、必死に腕を氷河の首にまわし、僕は、氷河の唇に自分のそれを押しつけた。 「ね、僕、まだ、こんなキスしかできないの。氷河、教えて」 「キアラ……」 「瞬だよ。ね、色んなこと、教えて。氷河のためにだったら、僕、何でもしてあげる。キアラなんかよりずっと、氷河を幸せにしてあげるから」 「俺が愛したのは──」 「氷河が愛したキアラは死んで、もういない。そんな夢物語は早く忘れた方がいいよ」 意味のない言葉を連ねて僕を拒む氷河のそこに、僕は、手を伸ばして触れた。 氷河には僕を拒み通せないよね。 だって氷河は、僕を思い遣る心は持ってないくせに、生きた身体だけは持ってるんだから。 熱い血が逆巻いて、欲望をたぎらせてる肉体だけは。 「馬鹿な意地、張らないで。氷河、もう、こんなだよ。氷河を拒むキアラなんかより、僕の方がいいでしょ。僕、平気だよ。今すぐ、氷河に押し入ってこられても。僕は氷河を好きだから、痛くても我慢してあげる」 「しゅ……」 「早く……!」 氷河の話が本当だったとしても、氷河が彼のキアラを何百年も求め続けてきたのだとしても、それが何だっていうんだろう。 身体も400歳の老人だっていうならともかく、今、僕の腕の中にいる氷河は若くて綺麗で力がみなぎってる。 そして、僕は、氷河が恋焦がれているキアラにそっくりで、こんなに氷河を欲しがって 氷河が最初に死んだ夜、獣みたいに僕を貪り食らった氷河がほんとの氷河だよ。 とり澄ました顔で神の救いを説く氷河なんて、僕は知らない。 そんなのは氷河じゃない。 だから、氷河がこの誘惑に勝てるはずがない。 「僕は今すぐ氷河が欲しい。氷河も……そうなんでしょ?」 眼差しに媚を含み、焦れてせがむような声で問いかけ、僕は僕の身体を氷河に押しつけていった。 氷河のそこが、ますます硬くなる。 身体は正直って、こういうことを言うんだね。 そうして――。 僕の期待通りに、氷河は僕の手に落ちた。 |