ぷち。
──と音がしたような気がした。
実際にはそれは、無音の中で行なわれたのであるが。

「あっ……!」
それまでとは打って変わった やわらかい所作で抱き合う氷河と瞬の姿を映していたモニター画面が、突然真っ暗になる。

「いいとこなのに〜っ! なんで、ぶった切るんだよ!」
「沙織さん、大事なのはここからでしょう」
モニターのスイッチを切った沙織にクレームをつけたのは、紫龍と星矢だった。
こうなると、彼等が本当に“友の身を案じて”モニターの前に居座っていたのかどうかも怪しくなる。

星矢と紫龍のクレームを、沙織はきっぱりと撥ねつけた。
「この先は見ちゃ駄目でしょう。見ても意味がないし。薬の効力の持続時間は切れたわ」

不満顔の星矢と紫龍を一瞥し、それから沙織は、グラード財団に籍を置くらしいスーツ姿の二人の人物の方を振り返った。
「と、いうことよ」

「恐るべき意思の力ですね」
お硬い印象の勝った年かさの男性は、勝ち誇ったようにそう言った。
対照的に、若い研究者タイプの人物の方は渋い顔、である。

紫龍は、当然、そのやりとりを訝ることになった。
「どうして、そういうことになるんですか。意思の力が薬の力に負けたから、こんなことになったんでしょう。思春期の処女並みの潔癖を売り物にしていた瞬をこんなふうに変えてしまうとは、あの惚れ薬の効果は絶大だ」

感嘆したように告げる紫龍に、沙織は、からかうような微笑を向けた。
「あら、紫龍。惚れ薬なんて、そんなもの、本気にしていたの?」
「は……?」
「残念だけど、そんな人権問題に発展しそうな危険な薬品、グラード財団には開発する予定も計画もないわ」

「それは……では、瞬が飲んだのは……」
いったい何だったというのだろう?
沙織の口から告げられる答えを推察する間を紫龍に与えることなく、沙織は至極あっさりと、紫龍の疑念に答えてくれた。

「瞬が飲んだのは、ただの塩入りウーロン茶よ」
──と。
「その代わり、氷河のウーロン茶には、たっぷり催淫剤を仕込んだわ。それこそ、象が100頭も欲情するくらいの強力なものよ」

「ど……どういうことです。いったい、沙織さんたちの実験というのは──」
沙織の言葉が真実なのだとしたら、瞬はただの塩水を飲んで淫乱になり、氷河は象100頭分の欲望を抑制しきったことになる。
そのどちらもが、紫龍には信じられないことだった。






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