実際、ハーデスが瞬の中にいる時、氷河は本来の彼に戻ることができていた。
氷河は身体と心の両方を、“氷河”の意思で動かすことができていたのである。
だが、そういう時、ハーデスは、瞬の姿を借りて氷河を誘い、氷河の抵抗と反抗を萎えさせようとする。
そして、それは現実に成功していた。

「瞬はそなたかが欲しいそうだ」
いくら瞬の顔でそう言われても、氷河はハーデスの遊戯に協力する気にはなれなかった。
しかし、瞬の姿をしたハーデスは、巧妙に狡猾に氷河を誘う。
「氷河、お願い……。このままじゃ、僕、ハーデスにすっかりのっとられてしまう。氷河、氷河が僕に、僕が僕だってことを思いださせて……!」

瞬がそんなことを言うはずがないのである。
瞬が、性交で自分を保とうとすることなどありえない。
それは氷河もわかっていた。
だが、瞬でなければ誰が言うというのか――。
そして、瞬の瞳の奥を覗き込めば、その奥には瞬の心のかけらを見い出すことができる。

「大丈夫。おまえはおまえのままだ」
氷河は、瞬の耳許でそう囁いて、瞬を抱きしめるしかなかった。





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