結局、氷河は瞬に触れることができなかった。 同じ部屋にいるだけで、昨日まで仲間だった者に恐怖を覚えるらしい瞬のために、彼にできることは、一刻も早く、瞬の目の前から己れの姿を消してやることだけだったのである。 自室に戻り、氷河は、いったい昨夜何が起きたのかを必死になって思い出そうとした。 が、彼は、自分がいつ何を考えて 瞬の部屋を訪れたのかさえ、思い出すことができなかったのである。 自身の記憶を求めて、彼は藁にもすがる思いで、彼の仲間たちのいる場所に足を運んだ。 「あれ、瞬は?」 世界のありようがおかしくなってしまったのは、自分と瞬だけだったらしい。 ラウンジにいる彼の仲間たちは、昨日と何も変わらない様子をしていた。 むしろ、昨日までより楽しそうな様子をしていた。 瞬の所在を尋ねてくる星矢の瞳が、妙に嬉しそうに輝いている。 「まだ寝てんのか? しょーがねーなー。俺が起こしてきてやる」 「行くなっ」 星矢が行けば、何かが狂ってしまったような瞬の世界は元に戻るのだろうか。 その可能性があるにしても、今は――今の瞬の姿は誰にも見せられない。 掛けていた椅子から腰を浮かしかけた星矢を、氷河は慌てて引きとめた。 「何だよ。俺が行っちゃ都合悪いことでもあるのか?」 「しゅ……瞬は具合いが――」 「具合い? 昨日は、確かに疲れてるふうだったけど、瞬は怪我もしてなかったよな? 具合いが悪いって、どーゆーことだよ。俺、見てきてやる」 平生なら、瞬の面倒は 瞬の面倒を見たがっている男に任せておくのがいちばんと言わんばかりに ズボラな方向に気をきかせる星矢が、今日はなぜか逆方向に動こうとする。 氷河は再度、今度は怒声で、星矢のでしゃばりを押しとどめようとした。 「行くなと言っているんだ!」 途端に星矢が、大きく吹き出す。 彼は声をあげて笑いながら、浮かせかけていた腰を元の場所に戻した。 それから大仰な素振りで、右の手をぶんぶんと勢いよく振り回す。 「冗談だって。あれだろ。おまえら、ついに夕べ、行くとこまで行っちまったんだよなー」 それまで無理に真顔を保っていたらしい紫龍は、星矢と氷河の様子を交互に見やってから苦笑を洩らした。 「ああいう不届きな真似をする時には、今度から窓を閉めた方がいい。あれではせっかくの防音設備が無意味だ」 「一晩中、瞬の泣き声を聞かされてたんだぜ。こっちはさっさと寝ちまいたいのにさ。おかげで、俺、今日は滅茶苦茶 寝不足なんだ。でも、一晩明けたあとのおまえらのツラを見たいから、頑張って早起きしてきたんだ!」 「……」 仲間をからかう星矢の明るさが、氷河の表情を更に沈鬱にした。 このほがらかな仲間の期待に応えて、彼に照れた笑いのひとつでも見せてやれたならどれほどいいだろう――と思う。 しかし、それは無理な望みというものである。 氷河は、星矢の前で、瞳を曇らせることしかできなかった。 「氷河?」 おめでたいことがあったにしては、氷河の様子がおかしい。 照れ隠しに無表情を装われるくらいのことは、星矢の想定の内だったが、宿願が叶ったばかりの男がこんな暗い顔をしていていいものだろうか。 「氷河、おまえ変だぞ」 デリカシーというものを、星矢は持ち合わせていない。 彼は臆することなく、自分の疑念を晴らすために氷河に詰め寄り、昨夜のことを氷河に白状させた。 そして、呑気に仲間を冷やかしているどころではなくなった |