瞬が仲間たちの前に姿を現したのは、その日の午後になってからだった。
瞬はきちんと身仕舞いを整えて、仲間たちのいる場所にやってきた。
とはいえ、夏場のことである。
瞬はフレンチ袖のTシャツから、聖闘士のそれとも思えないほど白く細い腕を惜しげもなく さらしていた。
手首や喉許には、彼の受けた無体の跡が鮮明に残っている。
歩き方はぎこちなく、陸にあがったばかりの人魚姫がこうだったのではないかと思えるほどに、足元が頼りない。
しかし、その表情は、異様に明るかった。

「おはよう。星矢、紫龍、氷河」
瞬は、いつもと同じように、仲間たちに朝の挨拶をした。
氷河の名を口にすることにも、瞬はいささかの躊躇も見せない。
瞬の様子があまりにいつも通りなので、星矢は、もしかしたら自分は氷河の悪質な冗談に乗せられてしまったのかと思ったほどだった。
だが、瞬を見詰める氷河の頬は蒼白で、それは到底、悪質な冗談を貫くために作られたものには見えなかった。

「瞬……具合い悪いんだって? 無理すんなよ……」
声を発することもできずにいるらしい氷河の代わりに、星矢が、探るように瞬に尋ねてみる。
「え? 具合い? そんなことないよ」
瞬からは、即座に軽快な答えが返ってきた。
星矢が戸惑いを覚えるほどに、それはいつも通りの瞬だった。
「で……でも、おまえがこんな寝坊するなんて、滅多にないことだろ」
「うん、そうだね。疲れてたのかな? 目を覚ましたら、お昼過ぎでびっくりしちゃった」
小さく肩をすくめて、瞬が苦笑する。

それから瞬は、氷河の方に向き直り、彼の表情の強張りに気付いた様子もなく、やわらかい笑みを見せた。
「氷河、あのね。プラド美術館展に行こうって約束してたでしょ。今日はもう無理そうだけど、明日以降なら大丈夫だから、氷河の都合がつくなら、早いうちに一緒に行こうよ。あんまり先延ばしにしてると、開催期間が終わっちゃうし……また いつ闘いが始まるかもしれないでしょ」
「瞬、俺は――」
昨日までと全く同じ瞬の笑顔、同じ声、同じ仕草――見慣れたものが、これほど空恐ろしく感じられたことはない。
昨日までは氷河の心を安らがせ ときめかせていたものが、今は同じものを冷たく凍りつかせる。

「ねっ」
瞬に ねだるように小首をかしげられても、氷河はただ呆然と、その様を見おろすことしかできなかった。






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