瞬の不自然の理由を探り出してくれたのは紫龍だった。 その彼の口から、氷河が思ってもいなかった事実が告げられる。 「瞬は――忘れてしまっている。昨夜のことだけ、すっぽりと記憶が抜け落ちているようだ。……それだけショックだったということだな」 氷河を責める色は見せずに淡々と、瞬から探り出した事実だけを、紫龍は仲間に告げた。 彼は、改めて氷河を責める必要はなかったのである。 氷河自身が既に、どれほど峻厳な裁きの神にも劣らないほど過酷に 自分自身を責めていたから。 「記憶から抹消せずにいられないほど、瞬は俺を嫌っていたということか――」 両手で顔を覆い俯いた氷河が呻くように言い、紫龍は彼に首を横に振った。 「そうではないだろう。瞬はおまえが好きだったから、おまえの暴力に耐えられなかったんだ。おそらく」 「……」 そうであったとしても――瞬が、自身への暴行者を以前は好きだったのだとしても――今では、瞬は、自分を傷付けた男を誰よりも憎んでいるに違いない。 行なわれた暴行そのものよりも、その憎しみを忘れるために、瞬は自らの記憶を切り捨てたに違いなかった。 もともと人を憎んだり恨んだりすることを滅多にしない瞬は、憎悪という感情に免疫がないのだ。 自分に 耐え切れないほどの憎しみを押しつけた男を、瞬は、その行為を忘れることで責めようとしている。 瞬にそんなことをさせてしまった自分自身を責める言葉も慰める言葉も、氷河には思いつかなかった。 |