ラウンジに入室しても、場に漂う雰囲気に彼らと距離をとる。
そのソファーには視線を閉じ考えごとをしている紫龍が、他に、この豪雨のせいかあからさまに不機嫌な顔の星矢が背もたれに、腰掛けていた。

「氷河、話がある……。 こっちに来て座らないか?」

「いや、外の雨音が五月蝿くてもちゃんと聞こえる。 ココでいい。 で? なんの用だ?」

「おまえ、また吐いてきたのか、氷河? 吐くものなんか、もうないんだろ」
「もう、あんなことはやめた方がいい。夜もろくに眠れてないんだろう。まあ、最近は別の都合で寝ていないようだが」

――生活態度を改める必要があるほど、他人に迷惑をかけているつもりはない…いつものお節介か…いちいち聞いている余裕はないんだが――
わざとらしく苦虫を噛み潰す。

「おまえのしていることは間違ってると思うぞ。永遠に瞬を守りきることなど、誰にもできない」

――どうしておまえにソレが判る?――
「瞬が殺したくないと言うんだ」
「だからって、おまえが代わりに殺してやることはあるまい」

――うるさい!――
「瞬の泣くところはもう見たくない」

「それで、瞬に恐がられてたら、本末転倒じゃん。恐がられるだけならまだしも、おまえ、どー見たって、瞬に病人だと思われてるぞ」
「毎晩のあれは、瞬にとっては、おまえの強迫観念抑制のための行動療法か遊戯療法の一種だ。いいのか、おまえ、それでも」

――何が言いたいのかサッパリ判らん――
「俺は、瞬に泣いてほしくない。望みは叶っている」

「だからってなぁ。瞬の嫌いなものを、おまえが全部食ってやることないじゃん。おまえ、間違ってるよ。瞬のためにならない」

――瞬の嫌っている世界を、俺たちがどうして瞬に強要しなければいけないんだ?――
「その嫌いなものは、瞬が普通の家庭に生まれ育っていたら、知る必要もなかったことだ。瞬の優しさは美徳で、瞬の理想は綺麗で、なのに、たまたまこんな馬鹿げた境遇に生まれ育ったせいで――」

「人間というのは、みんな、その“たまたま”の中で生きているものじゃないか。瞬は間違ってはいないが、おまえに甘えすぎている。そして、おまえは間違っていて、瞬を甘やかしすぎている」

――間違っていようが、俺は瞬を守る! 瞬にあの時の人殺しの苦痛な想いを、俺は二度とさせない!――
「欲しいもののために、それを手に入れるためになら、俺は何でもする男なんだ。俺は、“泣いていない瞬”が欲しい。それだけだ」



――瞬の代わりに殺す? 冗談じゃない!!

悪夢にうなされようが――吐こうが!
俺は、純粋に、瞬を守りたいだけ。 その手段が人殺しなだけだ!








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