「小夜曲」




通り過ぎた雨の冷気が、汗で火照る2人の身体を、少しずつ冷やして。
先ほどまでの、言葉もなく喘いでいた自分の身体と理性が少しずつ「現実」に戻るのを感じて、氷河は隣でまだ荒い息を整えている痩身の…愛しい亜麻色の恋人を眺めた。

「…オイ、大丈夫か」
まるでこの静かな夜に合わせたように、我ながら囁くように聞いた問いに、
「…うん」
と、荒い息の合間に小さく、まだその顔を腕の下に隠しながら、瞬は答えた。
そして、ふぅ、と一息をついて。やっと腕を下ろして、まだ熱の消えない頬と潤んだ瞳に、いつもの微笑みを乗せて
「大丈夫だよ」
と、氷河の瞳を見て答えた。

痛みから快感を覚えるようになったとはいえ、その自分よりも一回りは小さい身体や、無駄どころがとんと肉付きの少ない薄い胸が苦しげに喘いでいる様を見るのは、例えどんな快楽の後であったとしても、氷河に軽い罪悪感を憶えさせた。

…まるで、虐めているような、気がして。

そんな氷河の心を知ってか知らずか、瞬は汗でからみつく髪を後ろに流すと、氷河の身体にピタ、と自分の身体を摺り寄せてきて、その小さい顔を氷河の胸にうずめる。
こういった行動が、昼よりも夜のほうが…特に「事」が終わった後の方が、瞬は素直になる。それが氷河には嬉しくもあり、いつまでたっても慣れない瞬からの素直な「愛情表現」の一つだった。

人を求めるということが、「愛」というならば、こうして瞬に求められる自分は瞬に愛されていると思っていいのだろうか。
先ほどまで激しく瞬の身体を求めていた自分のことも忘れ、氷河はいつも迷う。
自分からではなく、人から自分へと向けられる愛情。
それを受けるに、果たして自分は値する資格があるのだろうか…。
そんな思いが、いつまでも彼の蒼い瞳に人を凍えさせる冷たさを帯びさせるのだが。

瞬は、いつも瞬に向けられる、(それは氷河も自覚することのない)氷河の優しい瞳に見守られて。
ふと、普段から思っていることを「告白」した。
「あのね、僕は、君の体温が好きだ」
「? 体温?」
「うん。人よりも、少し低いけれど、慣れて来ると人肌に心地いい。僕、だからこうして」
「君の身体に抱き付くのが、好きなんだ」
「…ふぅん?」
「あと、君の汗の匂いも好きだし、」
「闇の中で冴える、君の金髪も、蒼い瞳も、好きなんだ」
まるで初めての「告白」のように、照れながら瞬はそう言う。

(…ハッキリと「本体」を好きだと言えばいいじゃねぇか)

そうも思わないでもないが、そんな婉曲な瞬の告白の言葉が嬉しくないはずもない。

「じゃあ、俺も言わせてもらうが…」
「何?」
「お前の、イク前に俺のことしか考えてないって感じの、俺を呼ぶ声が俺は好…」
言い終わらないうちに、瞬のか細い腕が、枕を氷河の顔に思いきりぶつける。
「…ブッ…イテッ…待て、こら・…」
ばふんと枕が氷河の顔面でバウンドする。
「あのね、君、そういうのって!」
軽く3発目をよけると、氷河はさっと瞬にささやく。
「大きい声出すなよ。他のヤツが、起きる」
「!」
その秀麗な小顔を夜目にも判るほど赤面させた瞬の腕が枕を抱えたまま空中で静止する。
「…で、「そういうの」が何だって?」
枕を静かに下ろさせて、瞬の腕を掴んで。
静かに抱き寄せながら聞いてみると。
「そういうのを…「セクハラ」っていうんだよ」
「…ブッ」
「! そ・そうゆう風に笑うけどねっ」
「分かった、分かった」
じゃあ、さっきまで俺たちがしていた「行為」そのものはセクハラ以外の何物でもなかろ〜が・と思うのだが、そんなことを指摘して以降相手にされなくなっても困るので。
瞬の、唇に自分の唇を軽く合わせて
「コレは、セクハラってのに入るのかな?」
とニヤリと笑って聞けば、
「…知らないよっ」
と、プイと横を向かれてしまった。

やれやれ、と思ったが、
「じゃあ、さっきのお前の「俺の好きなトコロ」の続きだけどな」
「…(変な事を言ったら承知しないからね)…」
と軽く睨んできた瞬に、
「俺の入れた、氷入りミネラルウォーターなんてのは、どうだ?」
瞬は、少しあっけに取られたように一瞬間を置いて。
「好きだよ」
と小さく微笑んだ。




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