異変はその夜訪れた。
 トントントン、、、
扉を叩く音がする。
―こんな時間に誰だろう?―
一瞬、兄が帰ってきたのかとも思ったがそんなことは有り得ないし、彼ならばもっと遠慮会釈無く戸を叩いて来るだろう。出てこないとぶち破るくらいのことは日常的だ。
―と、すると一体誰だろう?―
もしも、もしも兄の言っていたような輩だとすると包丁と油が必要である。
が、瞬にはそんなことはとてもではないができそうになかった。
―悩んでいてもしょうがないよね。―
華奢で華のような少年である瞬ではあるがそれなりに力はある。そこらの惰弱な連中など相手にはならない。いざというときはその時で、とりあへず出てみることにした。
戸をほんの僅かに開いて覗いてみる。逆光で顔はよく見えないけど立派な体躯からして男性のようだ。身なりは質素だけれど小奇麗で刀も帯びてはいない。
少なくとも野盗やその、刺して燃す必要のある類いの人間とは思えない。
「あの、なにかご用でしょうか。」
警戒の色が薄れてきた瞬は戸を半分ほど開けて尋ねた。
「オレは旅の者だが道を失ってしまった。すまないが一夜の宿をお願いしたい。」
外を見ると白いものがちらほらと舞っている。男の頭や肩にもそれは塊で乗っていた。瞬の中に図らずも憐憫の情が溢れてくる。
「それはさぞかしお困りのことでしょう。さあ、どうぞお入りください。」
そう言って瞬は男、―彼は氷河と名乗った―を招き入れた。
「、、綺麗な、髪ですね。」
暗がりでは気付かなかったが氷河は瞬がついぞ見たことの無い黄金色をしていた。純粋に口から出た言葉だった。
「ああ、この国では珍しいだろうな。」
そう言って氷河は唇の端を少し上げただけだった。彼はあまり口数の多いほうではないらしい。
「どうぞ、たいしたものではありませんが温まります。」
それ以上、彼のことを聞くのをあきらめた瞬は椀を氷河に差出し、すすめた。
「ありがとう、」
とだけいって氷河はそれを口にした。
そして夜も更けてきたので床の準備をして、その日はそれで終いになった。






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