「まずったな…」
氷河は自分の不甲斐なさを嘆いていた。
落下してきた天井の梁に足を挟まれて動けないのだ。
煙で視界が遮られる。もう永くはもたないだろう。
―戦場に行く前に死ぬなんて ―

「ひょ…   ど…     」
―!!?―
「氷河、」
思い当たる人物に間違いはなく、でもそれはこの場にいるはずのない人の声。
「瞬!!」
「氷河!良かった。」
土煙の向こうから擦り傷だらけの瞬が顔を輝かせながら現れた。
「なんで来たんだ!!?」
会えたうれしさと危険への不安が入り混じった複雑な感情が氷河を支配した。
「だって、出てきた人の中にいなかったから、僕…」
「分かった。もう、いい…」
きっと、止めたものもいのただろう。それを振り切ってきたことも分かる。
瞬という人間はそういう芯の強さを秘めているのだ。

「氷河、どうして逃げないの?」
「見てのとおりだ。動けなくてな。」
あまりの情けなさに笑いがこみ上げる。そのおかげで瞬を危険に入りこませてしまったのだ。
「そんな、待ってて。今…」
瞬は懸命になって動かそうとしたがわずかに動いただけだった。
「う…」
「瞬。もういい。お前だけでも行け。」
「やだよ。」
「なんだって!!?」
「もう、置いていかれるのは嫌なんだ…」
その言葉は氷河にも痛いほどわかっていた。
「……。」
ここを無事に抜けられたとしても結局は別れなければならない。

「瞬…。分かった。」
きっと、自分は瞬なしで生きていくことなどできないだろう。
それを思えばこのまま二人で…
覚悟を決めた氷河は瞬を引き寄せるとしっかりと手を合わせた。
「瞬。お前に会えて良かったと想ってる。」
「氷河…」
「愛してるからな。どんなことがあっても。」
そう言うと氷河は目を閉じた。
死ぬときに現れると言われる走馬灯なんか見えなかった。感じたのは腕の中の確かなぬくもりだけで、

「僕もだよ。僕も、このまま死んじゃってもいいって想ってた。でも、」
その言葉に氷河の閉じられていた目が再び開かれる。
「でも?」

「でも、まだ僕達生きられるんじゃないかな?」


その瞬間、最後まで持ちこたえていた頭上の屋根は崩落した。






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