四・来者不拒 去者不追



さて、いつの間にか四人に増えた六代目三蔵一行は、大きな河を前にして途方にくれていました。
なにせこの河、向こう岸が見えないほど広いうえに先日に降った雨のせいで濁流が渦巻いて手招きしている有様なのでした。
これでは水面を凍らせて渡るといういつもの方法も通用しません。
困り果てた一行が川岸でぼんやりとしていると、
「うわー、」
と、雑巾を引き千切るがごとく岸に響き渡る神谷明…もといアルゴルの声。
「なんなんだっ」
「うるさくて昼寝もできやしない。」
「か、蟹に噛まれた。」
「何言ってんだ。蟹が人を噛むわけないだろう。」
「だが、確かに…」
その時アイザックはアルゴルの足元にいる生物に気が付きました。
「あ、これは蟹ではなく蠍だな。」
「なんだって、…・」
そう言うとアルゴルは地面に倒れこみ、動かなくなってしまいました。
「ほう、毒が回ってきたか。」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。なんとかしなくちゃ。」
唯一人心配そうな瞬をよそにあくまでもクールなアイザックは、落ち着き払って言いました。
「そうは言ってもな、解毒剤は無いし。それにこいつのことだ、身体のなかで解毒できるんじゃないか?」
「本当に?」
まだ少し不安げな瞬の問いに答えたのは氷河でもアイザックでもありませんでした。

「そいつはどうかな?その蠍の毒はそう簡単には消えないぞ。」

「何者だ!」
突然現れた背の高い男に、一度は警戒した氷河達でしたが、その姿を確認するとそれは驚きへと変わっていきました。
「貴方はミロではないか。一体どうしてこんな辺境に…」
彼はスコーピオンのミロ。氷河やアイザックの師、カミュの友人です。

「そう驚くな。これから一緒に天竺へ向かう仲間なんだからな。」
氷河たちはさらに驚いてしまいました。
「なんだって!何故貴方ほどの人が人間界まで降りてきて旅に加わるんですか?」
その様子を少々不思議に思ったミロが言いました。
「なんだ、カミュから聞いていないか?」
「え、我が師が?」
思いもかけない名前に氷河はアイザックの方を見ましたが、彼も聞いていないとばかりに首を振るだけです。
「そうか、実は最近暇を持て余していてな。それで三蔵が気に入ったら協力してやろうと思っていたのだ。」
「あー、そうですか・・・・・」
このとき、アイザックの頭には、“小人閑居して不善を為す”という昔の言葉が浮かびましたが、なにせミロは彼の師と同格の実力者です。ここはぐっと飲み込んで、
「ところで、三蔵は気に入りましたか?」
と、問いただしました。さすがアイザック。ある意味大人です。
「ああ、まだ見ていないんだ。もっとも、こいつだったらすぐに上に帰るからな。」
と、言ってミロはのびているアルゴルを指差しました。
「ああ、それはご心配なく。そいつは単なる 荷物持ちですから。」
あくまでも荷物持ちという単語を強調してアイザックは答えました。
「そうか。では、」
その答えに安心したミロは瞬の方へ、向き直しました。その視線が意味することに気付いた瞬は、

「初めまして、一応、六代目三蔵を務めさせていただいている瞬と申します。」
一応、というところを強調しながら瞬は丁寧な挨拶をしました。まだ、紫龍が見つかることを信じているのです。
「・・・・・・・・。」
そして、瞬の丁寧な挨拶に無言のミロ。
「あ、あの?」
しばらくの沈黙の後、

「合格。」

と、満面の笑みで言うとミロは瞬の手を取りながら語り出しました。

「いやー、あのカミュが選んだというから少し心配していたんだ。だがどうして、容姿といい、仕草といい、声といい、実にオレ好みだ。これなら守りがいというものもある。旅が楽しみだ。」
「は、はあ。ありがとうございます。」

「それはよかったな。」
と、少しむっとした氷河は二人の間に割ってはいるとさりげなく手を引き剥がしながら言いました。
「ところで、この河を渡りたいんだが水流が強すぎて渡れんのだ。そのお力とやらでなんとかしてくれないか。」
いくらむっとしているとはいえ、目上の人に対する言葉としては少々不適切です。
それに対してミロも少々むっとしながら、
「ああ、すぐに渡らせてやろう、 三蔵の為 にな。」
と、言い返しました。この二人の間には早くも火花が散っています。
―あ〜、よりにもよって喧嘩なんか売らんでくれ〜―
二人のやりとりを傍でハラハラしながら見ていたアイザックははやくも胃炎になりそうなくらい神経をすり減らしながら、
「じゃ、じゃあよろしくお願いします。」
と、ミロを急かし、その場をなんとかしのぐことに成功しました。

こうして、ミロの力によって水棲生物を上手く利用した一行は無事に河を渡りきることができ、また一歩天竺へ近づいたのでした。

が、人数が一人足りないということに気付く者は誰もおりませんでした……