五・激突 自己陶酔者
あるところに善良な農夫がおりました。彼はそれはもう善良でしたから、旅の僧一行が一夜の宿を求めてきたときも断ることなどせず、あるものを駆使してもてなし、泊めてやりました。
そんな農夫がもし、彼らが魑魅魍魎の住まう山脈を通ろうとしていることを知ったらどうするでしょうか?
まず遠回りを進めます。しかしそれでも聞かなかったときはどうするでしょう。
そう、そういうときには脅すのが一番です。
「この山間部に妖怪が住み着いていてな、通りかかる人間に襲いかかるんだ。だから行くのはお止めなさい。」 と。
大概の旅人はそれでもう遠回りをするか引き返して行きます。でも今回の三人組は強情なものばかりと見えて、一向に行き先を変えようとしませんでした。
そして、農夫が止めるのも聞かずに妖怪の住まう山に入っていってしまったのです。
これはもうあきらめるしかありません。
さて、話は変わって賢明なる読者諸君はお気づきのことでありましょうが何故三人組なのか、
それは遡ること数日前、
「すまんが用事ができた。すぐに戻ってくるからお前達だけで進んでいてくれ。」
と、言ってミロがどこかへと出かけて行ってしまったからです。
「しょうがないよ。ミロさんにも用事があるんだから。」
そう言っていた瞬ですが不安は隠せません。
そして案の定、瞬は氷河とはぐれ、妖怪達に囲まれてしまいました。
「瞬、オレから離れるなよ。」
アイザックは瞬を背にかばいながら言いました。
「はい。」
「こいつを食うと寿命が延びるらしいぜ。」
「いや、不老不死になるんだってよ。」
などど、人数の多い妖怪たちは言い放題言っています。それに対して、
「貴様らこのクラーケンのアイザックをなめるなよ。」
と言って戦闘態勢に入ろうとしたアイザックでしたが腹部にするどい痛みが走り、
「うっ…」
と、うめき声をあげると彼はその場に座り込んでしまいました。
「どうしたんですか?」
心配そうに瞬が聞きますが答えられそうにありません。
実はアイザックは氷河とミロの狭間での度重なる心労の為、神経性の胃炎になっていたのです。
こうして二人は実にあっさりと敵に囚われてしまいました。
「これで全部か?」
妖怪達の主将、キャンサーのデスマスクは手下どもに向かって聞きました。
「いえ、まだ一人いたはずです。どうしましょうか?」
手下1が言いました。
「そうだな、おいひょうたんを持って来い。」
デスマスクは近くにいた手下2に言うと、持って来させたひょうたんを手下1に渡して言いました。
「これは不思議なひょうたんでな。返事をした相手を吸い込んでしまうのだ。お前にこれを渡すから最後の一人を捕まえて来い。」
そう言って色々な説明をするとひょうたんを渡し、送り出してやりました。
手下1は山をしばらく下りたところで氷河をみつけ、隙をついて近づいていきました。そしてひょうたんの口を向けながら聞きました。
「おい貴様、三蔵の仲間か?」
なにも知らない氷河は
「なんだ貴様は、オレになにか用か?」
と、返事をしてしまいました。
するとどうでしょう。氷河の体がみるみるひょうたんに吸い込まれていくではありませんか。
完全に吸い込まれると手下1は素早く口に蓋をして出れないようにしてしまいました。
「ひっかかったな。どうだ、その中には強力な消化液が入っているのだ。貴様の体はすぐに解けるぞ。」
と、得意気に言うとひょうたんを振り始めました。
このことを聞いた氷河は、しかしながら少しもあせることなく消化液からジャンプして抜け出すと凍気で液体をあっという間に凍らせてしまいました。
−とりあへずはこれで大丈夫だが・・・−
そう思いながら壁を手で押してみますが案の定術がかかっていて力で壊して出るのは無理そうでした。
−出口はひとつか・・−
一方の手下1はというと、急にひょうたんから水音がしなくなったので、
‐何だ?まさか逃げたのでは・・−
と、不安にかられつい、蓋を開けて中を覗きこんでしまいました。
もちろんこのチャンスを逃がす氷河ではありません。光の速さで外に出ると手下1を一撃の元に打ち倒し、ひょうたんを我が物としたのです。
「やれやれ、危なかったな。」
一安心した氷河ですが瞬ともうひとりが掴まっているのです。ゆっくりなどしていられません。
ところが、そんな氷河の前にまたしても邪魔が入ります。しかも今度は三下の雑魚ではなく、妖怪の主将のもうひとり、ピスケスのアフロディーテその人なのでした。
「貴様の仲間は我々が預かっている。取り戻したくば私を倒してみろ。」
そう言うとアフロディーテは自信たっぷりに付け加えました。
「但し、この美しい私を倒すことなどできんがな。」
と、そして戦いが始まったのです。
‐つ、強いっ‐
二、三度拳を交えたところで氷河はそう思いました。さすがはアフロディーテ、今までの敵などとは格が違います。
倒すとなると時間がかかり、それ以上に氷河が傷つくことも覚悟しなければなりません。
それでなくとも一刻も早く仲間を助けなければならないというのに、
―仕方ない。この手だけは使いたくはなかったが…−
氷河は意を決すると、ひょうたん片手にアフロディーテに向かって言いました。
「おい、そこのこの世で最も美しい男。」
「私を呼んだか?」
数分後、氷河は瞬の元へとひた走っていました。
‐瞬、無事でいてくれ!!−
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