何かの拍子




「氷河、一輝が帰って来たぞ。」

「…それが、俺に何の関係があるんだ。瞬に言え。」
そう言ってソファーに悠然と足を組んで座っている氷河の足下には、すでに霜が降りていた。


どーせ今頃は、心の中で『あンのボーフラがっ !! 』と怒り狂ってるに違いない。
なにせ紆余曲折を得まくって、ようやく瞬と結ばれたばかりだからな。
まぁ、最も本人達は隠しているつもりでいるが……。

――そう判断した紫龍はとばっちりを喰わないうちに退散することにした。

賢明な選択である。

実際、紫龍が立ち去ったあと、氷河が低く唸ったセリフはこうだった。
「……あンのボーフラがっっっ !! いや、本物のボーフラはまだ水にしか湧かないぶん可愛気がある! あのボーフラときたら、火の中水の中、海底、あの世、どこにでも湧くんだからな !! 」


「どうしたの氷河。ボーフラがどうこうって……。蚊に刺されたの?」
ひょこんっと瞬の澄んだ瞳が氷河を覗き込んだ。

「え゛っ !? あっいや、そろそろボーフラの季節だな、と思ってな。」
慌てて氷河が言い繕う。

なにせ氷河にとってはボーフラ以上に厄介な相手でも、瞬にとっては大切な兄さんである。
その兄さんをボーフラ呼ばわりしているなんてバレて、『夜はお預け』なんて事になったら、冗談ではない。

「……あ、な、何か用か?」
「あ、うん。兄さんがね、帰って来てくれたんだ♪」

「……(その花のような笑顔は奴のためかぁぁぁ;;)。……良かったな。(絞り出すような声)」
「そ……それでね? 氷河、お願いがあるんだけど……。」

頬をほんのり染めて恥じらうようにしながら言う瞬を見て、『お願い』を聞かない氷河が氷瞬界にいるだろうか。
いや、いない。(反語)

「何だ? 俺に出来ることがあったら何でも聞いてやるぞ?」
さりげなく瞬の肩を抱くポジションについた氷河は、次に瞬の言ったセリフで、伸ばした手を強張らせることとなった。

「……あの、しばらく、その……夜、ナシにして欲しいんだけど……。」
「なっっ…… !!? 」
「ほら、僕の隣の部屋って兄さんでしょ? 物音とか声が聞こえちゃうと思うんだ……。」
「なら俺の部屋に来ればいいだろう?」
「氷河の部屋も兄さんの逆隣の部屋だから一緒だよ。」
「 !!!! 」



かくして約束は取り付けられた。

(ぐあああああ!!! 宇宙ボーフラめ〜〜〜 !!!! 〜;;)
と心で泣きながら、氷河は、より一層八つ当たりを込めて一輝への恨みを強くしたのである。







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