「あなた、誰」
『神と呼ぶ者も、魔王と呼ぶ者もいるが』

神と呼ばれるものであれ、魔と呼ばれるものであれ、“彼”をそう呼ぶのは人である。
その呼び名を作ったのも人である。
ならば、その名を冠する“彼”を作った者も人なのではないか──自分なのではないだろうか──?

瞬がそう思い始めたのは、“彼”に支配されているはずの氷河が、支配される前と同じように、交接の後で瞬を抱きしめる習慣を、決してやめようとしないからだった。
氷河でないのなら必要も意味もない、その懇情からの行為を。


そうして、やがて瞬は、“彼”に支配されている氷河もまた氷河なのだということに気付いた。
それは、当然に、“彼”に支配されていた自分もまた自分なのだと認めることになる。


「あなたは、氷河の命を救いたいと思った僕が作ったものなの?」
あの時、瞬は、どうしても氷河の命を救いたかった。

「そして、氷河が作ったものでもあるの?」
氷河は、誰かを愛したいと望んでいた──のだろう。
愛している証を示したい、と。

おそらく、氷河はそうすることを──そうすることのできる自分を、心底から、飢えるほどに、望んでいたに違いない。
瞬の中にあった魔の存在を、何の抵抗もなく認められるほどに。


“彼”は、瞬ではなく、氷河でもなく、だが、瞬であり、氷河であるもの──なのだ。
自分を──人を──シニカルな目で見詰め、人が真に望む『快』を見透かす、“彼”。


神と呼ばれるもの。
魔と呼ばれるもの。
それは誰の中にもあるものである。
人が気付かないだけで。
気付こうとしないだけで。

天秤宮で氷河の命を救った力は、確かに瞬自身のものだった。
瞬が求めているのかどうかを確かめずに、瞬にのしかかってくる氷河もまた、氷河自身なのだろう。

でなければ、氷河を変わったと思えない瞬は、既に魔に全てを侵された人間なのに違いなかった。
瞬は、だが、自身がそういうものになってしまったのだとは思えなかったのである。


事実は知らない。
瞬は、そう思いたくなかった。
思いたくないだけだった。


だから。





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