しかし、次なる氷河攻略は、美穂ではなく絵梨衣本人によって開始された。
しかも、その相手は氷河ではなく、瞬だった。
どうやら絵梨衣は、搦め手から攻める手段を採ることにしたらしかった。


彼女は、単身、城戸邸に瞬を訪ねてきた。
そして、彼女は、恋する乙女の一途さで、いかにも恋する乙女らしい話題を瞬に振ってきたのである。

「すみません、突然押しかけてきたりして。でも、瞬さんならきっと親身になってくれるって、美穂ちゃんに言われて――」
「氷河のこと?」

瞬が尋ねると、恋する乙女は頬を染め、恥ずかしそうに頷いた。
氷河と瞬のことを、当然のことながら、彼女は疑ってもいないらしかった。

「はい。あの……氷河さんって、何がお好きなんでしょう?」
「何が……っていうと、えーと、食べ物とか、そういうもの? それとも趣味とかかな?」
「何でもいいです。何でも知りたい。好きな食べ物、好きな本、好きな絵、好きな服、好きな場所、好きな人、何でも、どんなことでもいいんです」

「…………」
それは、到底瞬には思いつかない質問だった。
瞬は、彼女が尋ねてくる全てのことを知ってから、氷河を好きになったのだ。

だが、女の子の恋というものはそういうものなのかもしれない。
瞬は、彼女に小さく頷き返した。
「そうだね……。じゃ、氷河の好きな食べ物からいこうか」
「はいっ!」

絵梨衣は筆記用具持参である。
真剣な顔をしてメモをとる絵梨衣に、瞬は、自分が知っている限りの情報を提供した。
少し切なくはあったが、氷河を真剣に好きでいるらしい彼女を邪険にすることは、瞬にはできなかった。

「それで、あの……氷河さんの好きな人は……」
最後に、絵梨衣が、おそらくは今回の訪問の本題に言及する。

瞬は、少し間をおいてから、口を開いた。
「うん……。やっぱり、最初に思い浮かぶのは、マーマかな。氷河のお母さん」

氷河の生い立ちについては、既に情報入手済みだったらしい。
絵梨衣が大きく頷いて、独りごちる。
「その線で攻めてみればいいのかしら」

「…………」
瞬はただ、力無い笑みを作ることしかできなかった。






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