数日後、絵梨衣は、瞬の助言をもとに、早速行動を開始した――らしかった。

「あの……お母さんっていうと、やっぱり手料理でしょ。でも、食事に招待する理由も思いつかなかったから、代わりにクッキー焼いてみたんです。それで、あの……これ、氷河さんに渡してくれませんか」

これが乙女の恥じらいというものなのかと思いながら、瞬は、氷河にではなく自分に差し出されたクッキーの包みを、半ば微笑みを浮かべながら見やった。
だが、その“恥じらい”が彼女の本意でないこともまた確かだったろう。
瞬は、綺麗にラッピングされたそれを受け取ることはしなかった。

「自分で渡した方がよくないですか? 氷河、いますよ」
「えっ、でもぉ……」

「ちょっと待ってて。連れてくるから」
「あっ、そんなの困ります!」
そう言いながら、絵梨衣は、決して強硬に瞬を引き止めたりはしない。
むしろ、まんざらでもない様子だった。


事情の説明もなく、瞬にその場に引っ張られてきた氷河は、客間に絵梨衣の姿を見付けると、途端に不機嫌な顔になった。
が、恋する乙女には、そんな氷河の顔を見あげる勇気すらないらしい。
つまり、彼女は、氷河の不機嫌に気付かなかったのである。

「何だ、これは」
差し出されたピンクのリボンつきの包みを、氷河が胡散臭そうに見おろす。

「クッキーだよ。絵梨衣さんのお手製。わざわざ焼いてきてくれたんだって」
「で、これを俺に受け取れというわけか?」
「でなかったら、わざわざ氷河を連れてきたりなんかしないよ」
「…………」

氷河は、まるで親の仇を見るような目で、絵梨衣の手にあるそれを睨みつけていた。
やがて、乱暴な仕草でそれを受け取る。
そして、彼は、すぐにそれを瞬の方に投げてきた。

「甘いものは好きじゃない。ほら、瞬」
「氷河っ!」
なじるように名を呼ばれても、氷河は不機嫌の色を隠そうとはしなかった。

「……おまえは好きだろう、甘いもの」
「失礼でしょ! 絵梨衣さんは、氷河のために……!」
「俺に甘いものが来たら、それは自動的におまえの手に渡る。誰だって知ってることだ」
「氷河……!」

これで用は済んだと言わんばかりの態度で、氷河が客間を出ていく。

それは、絵梨衣には考えてもいなかった展開だったらしい。
瞬の手に収まっているクッキーを一瞥してから、絵梨衣は顔を伏せてしまった。
「甘くない塩クッキーだったんですけど……」

「だ……大丈夫だよ。僕が責任持って必ず、これ、氷河に食べさせるから」
瞬が、場を取り繕おうとして、慌てて、絵梨衣を励ます。

絵梨衣は、まるですがるような目で、瞬を見上げた。

その眼差しに、悪意が全く潜んでいないことが、瞬にはかえって辛く感じられた。






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