「氷河っ! どうしてあんな冷たい態度とるのっ! 絵梨衣さんは、氷河にって、わざわざ――」
「俺に話しかけるな。今、気分が悪い」
「氷河っ!」

瞬は、結局、絵梨衣との約束を果たすことはできなかった。
氷河は、昨日にも増して不機嫌の極み。
取りつく島もなかった。


そんな二人のやりとりを見ていて慌てたのは星矢である。
氷河が乱暴な足取りで部屋を出ていくと、星矢はひどく取り乱した様子で、瞬に泣きついてきた。
「おい、瞬、いいのかよ〜っっ !! おまえ、まるで、絵梨衣ちゃんを応援してるみたいじゃないか! 氷河が怒るの、無理ないぞっ!」

最初の最初に、絵梨衣の恋に手を貸したのは、他ならぬ星矢だった。
その時には、だが、星矢は、まさか事態がこういう展開を見せることになろうとは思ってもいなかったのである。

多少は責任を感じているらしい星矢に、瞬はとってつけたように笑ってみせた。
「彼女、氷河のために一生懸命で、健気で――だから、できるだけのことをしてあげたくなるんだ」
「できるだけのこと……って……」

星矢には、瞬の感じ方が納得できなかったらしい。
他のことでなら、それは、瞬らしい行動で、瞬らしい考え方だと、星矢にも思えていただろう。
だが、これは、礼儀も作法も同情も理屈も無意味な次元でのことなのである。
瞬が絵梨衣にすげない態度をとっても、誰も瞬を責めたりはしないはずだった。

「後になってバレるより、早いとこ教えてやった方がいいに決まってるだろ、おまえと氷河はデキてるんだって。その方が絵梨衣ちゃんの傷も浅くて済むだろーしさ。そりゃ……言いにくいことかもしれないけどよ」

「……うん。言いにくい……言えない」
瞬がまた、少し辛そうな笑みを作る。

星矢は、瞬の弱気な態度に苛立ちを覚え始めていた。
「それに、だいたい、こーゆー時は妬いてやらなきゃ、氷河の立場ってもんがないだろ! 恋敵に協力してやってどーすんだよ! おまえ、親切ないい子でいるのも、時と場合によるぞ。氷河の奴、思いっきり機嫌悪くしてるじゃねーか。ここは一発、ヒスの一つも起こして、氷河を困らせるくらいの方が、氷河も喜ぶんだよ!」
星矢は、自分の最初の行動をしっかり棚にあげて、瞬を怒鳴りつけた。

瞬が、微かに左右に首を振る。
「でも……氷河が僕といてくれるのは、今だけのことで、そのうち、氷河も彼女に心を動かされることもあるかもしれない……」

「へ?」
瞬の馬鹿げた呟きに――星矢にしてみれば、である――星矢は、瞬への苛立ちを抑えるのをやめてしまった。
「なに言ってんだよ! あの面倒くさがりの氷河に、そんなことしてのける才覚があるわけねーだろっ!」

星矢が美穂の頼みをきいてやったのも、氷河が瞬以外の誰かに目移りすることなどありえないと確信できていたからこそのことだったのである。

瞬の、あまりの弱気が、星矢にはむしろ意外だった。






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