その絵には、法外な値がついていた。 頑なに人物を描こうとしなかった洋画家の、死後発掘された人物画。 生涯、風景や生物のみを描き続けた画家は、生前から天才の名を欲しいままにし、最期の時にまで絵筆を握り続けていたという。 死後、遺族によって発見された数点の人物画は、彼が20代の頃に描かれたものではないかと推測されていた。 タッチにも色使いにもさほどの違いはないのだが、彼の人物画には、晩年の彼の絵の特徴であった峻烈さがなく、代わりに穏やかさと優しさがあったのである。 その穏やかな緑の風景の中に、花が一輪咲いていた。 少年とも少女ともつかない若い──おそらくは10代半ばの──人物が初夏の緑の中に佇んでいる。 花の容姿を表すのに、『花容』という言葉があるが、その人物は、まさに、『花容並びなし』と言いたいほどに可憐な花だった。 贋作なのではないかという噂にも関わらず、画家の人物画は信じられないほどの高値で取引きされていた。 その噂を聞くたびに、氷河は、馬鹿げた賭けに出る好事家もいるものだと思っていた。 もっとも、正式な鑑定の出るのも待たずに、収集家たちがその絵に飛びつく理由が、今の氷河にはわかっていたが。 氷河にも、絵画のコレクターとして、それ相応の鑑識眼はある。 この絵があの天才画家の絵だと言い切るのには、異論があった。 だが、この世には、真贋を越えて優れた作品というものがある。 たとえ贋作だとしても、画伯の銘が偽物だとしても、その絵は美しかった。 見る者を魅了し、その心を揺さぶる何かが、その絵にはあった。 それは、モデルの少女(少年?)と画家の画才との邂逅が、ひとつの奇跡にも思えるような絵だったのだ。 |