さて、こちらは、氷河国王に可愛い弟を奪われて怒り心頭に発している一輝です。
もちろん、彼は、瞬を奪われたまま諦めるつもりはありませんでした。

瞬を奪われてから幾日か経ったある日、一輝は警備の隙を突いて、瞬が軟禁されている部屋に忍び込んでいったのです。

瞬の姿を見るや、一輝は開口一番に叫びました。
「あのスケベ国王に何もされていないだろーな!」
まあ、当然の質問ですね。

「何も……って……何のことですか、兄さん?」

突然現れた兄の姿に驚きながら、瞬は一輝に尋ね返しました。
どうやら救出が間に合ったらしいことを知って、一輝はひと安心です。

「いや、何もなかったならいいんだ。とにかく、ここを出ろ」
一輝は、言うなり、瞬の腕を掴んで、可愛い弟をその部屋から連れ出そうとしました。

けれど、どうしたことでしょう。
これまで一度として兄に逆らったことのなかった瞬が、一輝の言葉に従おうとしないのです。

「そんなことできません……! 僕は、この国に災いをもたらすくらい邪悪な人間なんです。ずっとここから出ないでいた方が、みんなのためになるんです!」

瞬がまだ、あの馬鹿げた茶番劇の裏側に気付いていないことを知って、一輝は内心で舌打ちをしました。

けれど、人を疑うようなことをしてはいけないと言い聞かせながら瞬を育てたのは、他ならぬ一輝自身。
一輝は、ここで瞬を叱るわけにはいきませんでした。

「そんな嘘を信じるな」
「嘘?」
「おまえが邪悪なんか飼っているわけがないだろう! そんなことは、あのスケベ国王の策略に決まっている!」
「兄さん、ひどい……! 王様のことをそんなふうに言うなんて! 王様は毎日、僕のところに来て、僕を励ましてくれてるのに……!」

「…………」
あの狡猾な氷河国王が、どんな理屈をこねて瞬を篭絡したのか、一輝には大方想像がつきました。
氷河国王と一輝のそりが合わないのは、ある意味、同族嫌悪に近いものがあったのかもしれません。

そして、瞬が、自分や氷河国王の対極に位置する人間だということも、一輝は承知していました。

ですから、氷河国王が瞬に惹かれる訳も、一輝にはわかっていました。
氷河国王が瞬に惹かれる理由と同じ理由で、一輝は、瞬をこんなふうに育てたのですから。

そのことを、一輝は今は後悔していましたが。


――善良なのはいいことです。
優しいのも、お心清らかなのも大変結構なこと。

けれど、世間知らずの馬鹿でいたのでは、その善良さも優しさも正しく生かすことができません。
当人のためにもなりませんし、周囲の人間にも、それはむしろ傍迷惑。

自分が瞬の育て方を間違えたことに、こんな事態になって初めて、一輝は苦く自覚することになったのです。

けれど、だからといって、瞬をこのままこの場に残しておくことはできません。
今はまだ無事のようですが、あの氷河国王がいつまでも聖人君子でいるはずがないのです。
氷河国王を(良い方に)誤解しているらしい瞬の目を覚ますため、一輝は非常手段を採ることにしました。





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