恋は、人を愚かにもしますが、狡猾にもします。
氷河国王は、瞬の信頼を失わないために、彼の頭脳をフル回転させました。

一つ深呼吸をして、それから、彼はその難事業に挑み始めたのです。

「……瞬、その服は誰にも見えていないんだ、本当は」
「え? だって、みんな、見えるって……」
「それが嘘なんだ」
「嘘……」

氷河国王が、瞬の信頼を失わないために採った方法。
それは、瞬に真実を告げることでした。

氷河国王の言葉を聞いた瞬が、信じられないような目を彼に向けてきます。
瞬にしてみれば、嘘をつく人 イコール 邪悪な人、でしたから、それも当然の反応だったでしょう。

「そんな……。じゃあ、このお城にいる人たち全部が邪悪な人だっていうんですかっ !? 」

そんなはずはありません。
瞬はお城にあがったことは数えるほどしかありませんでしたが、お城にいる人たちは、みんな瞬には親切でした。
誰もが、瞬には優しかったのです。

「そうだ」
「……嘘」
「嘘じゃない。人間というものはみんな、誰かのために、自分の中の邪悪を殺して生きてるんだ」
「…………」

瞬には、そんなことは信じられませんでした。
嘘を言うことが、自分の本当の気持ちを偽ることが、誰かのための行為だなんて。

「邪悪な心は、誰もがその心の内に持っているものだ。だが、皆が心の内にある邪悪や自分の欲望を通そうとしたら、世の中は混乱する。だから、誰もが、その気持ちを抑える。世の中の平和というものは、そういうふうに成り立っているものなんだ」
「そんな……」

では、これまで瞬に優しくしてくれた全ての人たちの中にも、悪心が存在したということなのでしょうか。
瞬が全幅の信頼を置いていた兄や、そして今、瞬の前にいて、人の心の邪悪を説く氷河国王にも――?

「まあ、たまには、自分が善人だと他人に思われたいがためにそうする奴もいるが、しかし、それだって、社会に混乱を招かないための抑止力にはなっている」

瞬は信じたくはありませんでした。
けれど――。

「おまえはその術を知らない。おまえは、これまで、自分の中に邪悪があるかもしれないと不安に思ったことすらなかったんだろう? そんなおまえの中に、もし本当に邪悪な心が生まれたら、おまえはそれを隠す術を知らない。抑える術も持っていないだろう。だから、俺は、おまえをここに閉じ込めたんだ」

「王様……」

氷河国王の話は、それが事実なのだとしたら、人間は、これまで瞬が思っていたよりもずっと強くて、優しい生き物なのだと思うことができる話でもありました。
何より、氷河国王の話を信じることができたなら、瞬はこれまで通り――いいえ、これまで以上に、氷河国王を優しく強い人なのだと思うことができます。

そして、瞬は、そう思いたかったのでした。

「おまえは邪悪なんじゃない。人を思い遣って、他人のために自分を汚す術を知らないだけなんだ。だが、それこそが何よりも危険なことなんだ、瞬」

「ぼ……僕は……」

瞬は、ですから、そう思うことにしたのです。
氷河国王の言葉を信じることにしたのでした。





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