氷河が、少しく花酔いの症状を残したままダイニングに下りていくと、いつもなら氷河より1時間は早く起床しているのが常の瞬の姿が、まだそこになかった。

瞬は酒も飲んでいなかったし、二日酔いのはずがない。
瞬もまた花に酔ったのかと思い、花が花に酔うとは奇妙なことだと内心で苦笑しながら、氷河は瞬の部屋に向かった。


「瞬、寝坊か? 入るぞ」
「駄目っ !! 」
「なに……?」

駄目と言われる前に、氷河は瞬の部屋のドアを開けてしまっていた。
それでこれまでは何の不都合もなかったのである。
瞬は、自室の中でもだらしない格好でいることはなかったし、着替えはいつも、どうやら部屋付きのバスルームの脱衣室でしているらしく、氷河はこれまでただの一度も、そんなおいしい場面に出くわしたことはなかった。

氷河の入室を拒んだ瞬は、まるでたった今目覚めたばかりのように、ベッドに上体を起こしていた。
あるいは、瞬は、何時間も前からそうしていたのかもしれなかったが。

朝の陽光を受けているせいではなく、顔が赤い――ように見えた。
氷河の姿を認めると、瞬はすぐにベッドの中に潜り込んだ。

「瞬、具合いが悪いのか?」
枕元に歩み寄って尋ねると、瞬は、毛布の端から、半分だけ顔を覗かせた。
「そんなんじゃないけど……」

「瞬……?」
その左の頬に擦り傷のようなものがあるのを、氷河は目聡く見つけた。
「どうしたんだ、その傷」

起床を促しにきた人間の前で、瞬がベッドに潜り込んでみせたのは、その傷を彼に見られたくなかったせいだったらしい。
氷河に傷の訳を尋ねられると、瞬は、覚悟を決めたように、また寝台の上に身体を起こした。

「こ……転んだの。氷河に言うと、ドジって笑われるから見られたくなかったのに……」
「……そりゃあ、笑うが……。夕べか? おまえ、酒は飲んでなかっただろう」
「うん……」

氷河の受け答えを聞いて、瞬は奇妙な顔をした。

「瞬? どうかしたのか?」
氷河が再度問うと、瞬は左右に首を振り、それから、ひどく心許なげな目をして、彼は彼の金髪の友人の顔を覗き込むように見あげた。

「氷河……」
「なんだ」

「……ううん。なんでもない……」

一瞬、何か言いたげな素振りを見せたが、しかし、瞬は、それきり黙り込んでしまった。






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