コーンウォール王の甥だと自己紹介した氷河に、アイルランドの姫君は、固い手応えの会釈を返してきただけでした。
氷河は、けれど、そんなことで気を悪くしたりはしません。
どうでもいいことだからです。

花嫁用の船室で、未来の王妃に向かい合うと、氷河は、早速、自分の用件に入りました。

「あなたは、瞬の何に当たるんだ? 妹姫か何かか?」
そう尋ねてから、氷河は、自分が未来の王妃の名前すら聞いていなかったことに気付きました。
それくらい、氷河は大雑把な人間だったのです。
というより、コーンウォールの男たちはみんなそんなふうな気質でした。

氷河に尋ねられた未来の王妃は、けれど、何も答えません。
見知らぬ国に嫁ぐことにいちばん不安を抱いているのは、当の花嫁なのでしょう。
あるいは、それは、氷河の言葉使いが粗略に過ぎたせいだったのかもしれませんが、氷河は、そんなことに気付く男ではありませんでした。

名を問うても、姫は答えません。
姫君の名などに、氷河は関心はありませんでしたが、これでは会話が成立しません。
コーンウォールに着くまでに、少しは態度を和らげておいてもらわないと、いくら美形でもカミュ国王が頑なな花嫁を嫌うことになる事態もありえます。
それでは、氷河的に、色々と不都合が生じます。

仕方がないので、氷河は、花嫁の緊張と不安を取り除くべく、姫君に、自分の知っている瞬の話を始めたのでした。


――半年前の戦い。
戦場の中心から外れた場所で、自分と瞬が一騎打ちをする羽目になったこと。
敵前での落馬も、敗北も、氷河にとっては後にも先にも、その時ただ一度だけの経験だったけれど、打ち負かされた敵に手当てしてもらったのも、生まれて初めての経験だったこと。
その時以来、氷河が、瞬にもう一度会いたいと思っていたこと。
会って、礼を言い、できれば親しい友人になりたいと願っていること。

そんなことを、氷河は、相槌さえ返してこない姫君に、滔々と話し続けたのです。
国の仲間たちには、自分が敵国の騎士に負けたことを秘密にしていましたから、氷河が瞬のことを他人に語るのは、それが初めてのことでした。
瞬の話ができることが嬉しくて楽しくて、氷河は姫君の反応なんかどうでもよかったのです。

「まさか、この俺を負かすほどの騎士がアイルランドにいるとは――」
感慨深げに氷河がそう告げた時、それまで何を言われても無反応だった姫君が、ふいにぽつりと言葉を洩らしました。

「あれは、あなたが、馬の蹄が花を蹴るのを避けようとして、態勢を崩したからで……」
「…………」

姫君の言葉に、氷河は、眉をひそめました。
瞬と氷河の戦いは、他に見ている者もいない戦場の外れであったことです。

それは、瞬以外の誰も知らないことのはずでした。





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