「……瞬?」 まさかと思いつつ、氷河がその名を口にすると、それまで姫君の後ろに控えていた侍女が真っ青な顔をして、氷河に退室を命じました。 無論、侍女ごときの命令に従う氷河ではなく、彼は、彼女の指示に従う代わりに、花嫁の顔を覆っている白いヴェールを乱暴に取り払いました。 そこにあったのは、紛れもなく、半年前の戦で、傷付いた敵を手当てしてくれたあの可憐な騎士の顔でした。 「ど……どういうことだ、これは! 俺は、アイルランド国王に、コーンウォールの王の花嫁を求めたんだぞ。いくら美しくても、男を差し出すとは、無礼にも程がある! アイルランドは、せっかくの和平をぶち壊しにするつもりか! それとも、王の暗殺でも企んでいるのかっ !? 」 「暗殺? 我が国は愛と平和を重んじ、高い文化を誇る国です。そのような卑劣な手段をとるはずがありません!」 氷河に食ってかかってきたのは、瞬ではなく、瞬の侍女の方でした。 瞬は、氷河に取り除かれたヴェールを膝の上で握りしめ、無言で俯いています。 「他に、花嫁を求めた者に男を与えることへの納得できる理由があるとでも言うのか!」 「コーンウォールは、戦以外のことを知らない野卑な国ゆえ、こういった高雅な趣味は理解できないようですわね」 氷河の難詰を受けた侍女は、怖気づくどころか、むしろ蔑むように、そう言ってのけました。 「コーンウォールの王は、もともと、あなたに王位を継がせるつもりだったそうではありませんか。世継ぎができないことは何の問題にもなりますまい」 恐いもの知らずというより、その侍女は、こんな要求を突きつけてきたコーンウォールに対する怒りに支配されているようでした。 「姫のいないアイルランドに、花嫁をよこせなどという要求をしてきたコーンウォールに対して、他に我が国にどんな対処の仕方があるというんです! 断ったら、それを口実に、また戦を仕掛けてくるのでしょう !? アイルランドでいちばん身分が高く、いちばん美しい王子を手に入れられるというのに、何の不満があるというの! 国辱に耐えているのは、我が国の方なのに!」 「姫がいない……?」 甲走った侍女の声とその言葉に、氷河は、少々――否、多大に――面食らってしまいました。 そういえば、氷河は、そんなことすら確かめず、アイルランドに出向いたのでした。 なにしろ、コーンウォールの人間は、細かいことは気にしないようにできているのです。 それは、氷河の迂闊でした。 そして、そういうことを知ってみると、氷河の要求は、アイルランドにとっては、確かに無理無体な要求ではあったことが理解できます。 断ったら新たな戦の火種になると、アイルランド側が考えたのも、これまでの両国の関係を顧みれば、当然の推察でした。 |