中山道のたぬき




(C) 馬籠宿・但馬屋さん





『木曽路は全て山の中である』

──と書いたのは、かの島崎藤村です。

『木曽路』は、東海道と共に江戸〜京都を結ぶ重要な街道であった中山道のごく一部、中津川から塩尻の手前の贄川関所までを指し、いわゆる『木曽11宿』と呼ばれる宿場町で結ばれています。
交通の不便な山の中にあるがゆえに残った昔ながらの景観が、逆に観光資源となり、1年を通じて観光客がひきもきらずに訪れる、知る人ぞ知る観光名所なのです。

そんな木曽路11宿のひとつ、馬籠宿にある一件のお宿の入り口に、一匹のたぬきの剥製が飾られていることを、皆さんはご存じでしょうか。


右手にとっくり、左手に宿帳を持たせられ、首には豆絞りの手拭い、頭には昔ながらの編み笠。

お宿に泊まりにやってきた観光客たちは、その滑稽な姿を見て爆笑し、時には、編み笠をぽんぽんと叩きながら、あるいは、
『このたぬき、○袋がない去勢たぬきだわ〜。いや〜んv』
なんて言いながら、お宿の暖簾をくぐるのです。


けれど、この滑稽な姿をした剥製たぬきも、生まれた時から剥製たぬきだったわけではありません。
彼も、以前は木曽のお山を走り回って、自然の中で元気に一生懸命生きているたぬきだったのです。


そして、彼には、今は知る者とてない悲しい恋の思い出がありました。





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