だが、瞬は、その“平和な”世界を、氷河に教えてやらなければならなかった。 戦いを知らずに戦いを厭うことが、氷河に、生ぬるい平和呆けに思えるのは当然のこととしても、平和を知らずに平和を貶められるのはたまらない。 ちょうど大学が夏休みに入ったこともあって、瞬は氷河を、“平和”を謳歌できる色々な場所に連れ出してみたのだった。 「シャツが1枚、1万円 !? 人ひとり、10年は遊んで暮らせる額だぞ!」 「女性のスカートが短いのは、布の値段が高価だからなのか?」 「この街には、夜がないのか。昼間より夜の方が明るいぞ」 「道端に座り込んでいるのは、戦争で家を失った浮浪児たちなのか?」 「どうして、暗くなっても家に帰らない子供たちが大勢いるんだ。親は何をしている。なぜ、誰も注意しないんだ」 物価の違い、生活環境の違い、人間性の違いに、氷河は毎日目を丸くしていた。 瞬は、時に笑い、時に苦い思いを抱きながら、そんな氷河の反応を見守ることになった。 いずれにしても、“平和な”世界は、氷河の目には、あまり美しいものとは映らなかったようだった。 「今は確かに平和なのだろうが、人間自体は軟弱になってしまったような気がする。俺が知っている日本男子は、多少背伸びもしていたのだろうが、もっと――凛然としていた。小学生でも、もっと大人の顔つきをしていたのに」 1ヵ月も氷河と一緒に暮らしているうちに、彼の感じていることや考え方が、瞬にもわかるようになってきていた。 完全に同感することはできないのだが、それでも理解だけはできるようになっていた。 「でも、今はこういう時代なんだから、氷河はここで生きていかなきゃならないよ」 「……そうだな」 「僕も、できるだけ力を貸すから」 瞬が少しずつ氷河を理解できるようになるにつれ、氷河もまた、現在の日本の“平和”がどういうものなのかを、わかってきてくれているようだった。 人と人が命を奪い合うような戦いも、外見の違いによるあからさまな人種差別もない。 そういう世界を維持していこうと思ったら、人には、寛容と順応力、そして多少の無関心が必要なのだ――ということを。 「――瞬は優しい。俺は敵国の人間なのに。日本人は敗戦で、日本人としての気概を失った代わりに、そういう優しさや寛大さを手に入れたのかもしれないな」 彼の微笑に混じっていた遣る瀬無さは、徐々に薄れてきていた。 それで、瞬は、ほんの少しでも、自分は彼の力になれているのだろうと思うことができていたのである。 |