氷河のことを考えれば、それは喜んでいいはずのことだった。
マスコミに話題を提供することで、彼は、普通の手段では取り戻すことが困難と思われた様々な権利を短期間で容易に取り戻し、確固とした社会的地位と経済力を手に入れてしまったのだから。

だが、瞬は、それを素直に喜ぶことができなかったのである。
喜ぶことのできない自分を顧みて、瞬は、氷河にはいっそ無位無産無力でいてほしいと願っていた自分自身に気付いた。

「氷河、あんまり嫌そうにしてないね……。最初はまるで暴力でカメラの前に立たされたみたいなものだったのに。毎日マスコミに追っかけまわされて、それに応じて――無理して疲れてるんじゃなきゃいいけど……」

その姿を見ようと思えば、いつでも、どんなメディアででも見ることはできる。
だが、瞬は、そんなふうにしてしか氷河を見ることができない―― 一方的に見るだけで、会うことができない――現状が、寂しくてならなかった。

「まあ、結果的にはマスコミ様々ということになったから、そう邪険にもできないんだろう。回想録やら評論集やらの執筆の話も出ているそうだし、これから文筆業で生計を立てていくつもりなら、顔を売っておいた方が何かと都合もいいだろうしな」
「うん……」

「自宅の購入予定もあるそうだ。これで根無し草でもなくなる」
「うん……。氷河は自分の居場所を手に入れたんだから……これは、いいことなんだよね……」

紫龍の見解に、瞬は何の異議を唱えることもできなかった。
せめて、テレビ画面に映る氷河の表情が辛そうであってくれたなら、紫龍に反論することもできていたかもしれない。
氷河を取り戻すために何らかの行動を起こすこともできていただろう。

だが、画面の向こうにある氷河の顔は、いつも、水を得た魚のように生き生きとしていて、瞬と共に暮らしていた時に、瞬がついに消してやることのできなかった、あの翳りの片鱗もない。

おそらく――氷河に辛い笑顔を作らせていたのは、彼がこの世界で寄る辺ない存在だという事実だったのだろう。
そして、マスメディアの力は、氷河の求めていたものを氷河に与えることができたのだ。
それは、瞬にはできないことだった。


結局自分は氷河に何もしてやれなかったのだという無力感が、瞬に、『氷河がいないと寂しい』の一言を言わせてくれなかった。





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