それは、実に、非日常的な光景だった。

時計を気にしながら駆けていく白うさぎを見かけた時の不思議の国のアリスなら、おそらく、今の瞬の気分をわかってくれることだろう――アリスにしかわからないに違いなかった。


それはともかく、とりあえず、彼等が困っているのは明白である。
小人たちの正体を探るのは後回しにして、瞬は、ケーキの載った皿を手に取り、脇にどけてやった。

小人たちが、突然天から降ってきた救いの手に歓声をあげつつ、皿の下敷きになっていた仲間の側にわらわらわらと走り寄る。

「わーん、3号、大丈夫―っっ !? 」
「よかったよーっっ !! 」
「このまま、一生ケーキの下敷きになったままだったら、どーしよーかと思ったよぉ!」
「助かってよかったねーっっ !! 」

「みんな、心配かけて、ごめーん。もう大丈夫だよ。一時は死ぬかと思ったけど」
下敷きになっていた仲間の、思ったより元気そうな声に、小人たちが、再び周囲に大きな歓声を響かせる。

ついさっきまでケーキ皿の下で手足をぱたぱたさせていた小人は、仲間たちの前で、鼻の頭をこしこし擦っていた。
「おいしそうなケーキが手に入って浮かれちゃってさ、ついお皿を持ってることを忘れて、万歳したくなったんだよね」

「もう、3号ったらーっ。気持ちはわかるけど、危ないでしょ!」
仲間の1人に注意された下敷き小人は、面目ないと言うように、小さな舌をぺろりと出してみせた。

ともあれ、この大変な遭難事故(?)は、1人の怪我人も出さずに無事収拾したのである。

他人事ながら安心した瞬が、今更ながらに、彼等が運ぼうとしていたケーキを見てみると、それは今朝方、城戸邸のキッチンのテーブルに置いてあった星矢のおやつに酷似していた。

「あの……小人さんたち……? そのケーキはもしかして……」
『星矢のおやつのケーキなのでは?』と、瞬は最後まで言うことができなかった。

瞬に声をかけられた小人たちが、弾かれたように、はっ☆ と顔をあげる。
それから、小人たちは、自分たちの身体でケーキを隠すようにして、瞬の前に小さな壁を作った。

「あっ……あの、このケーキは、このお屋敷のお台所のテーブルの上に捨ててあったの! 今日はじめじめしてる上にあったかいから、早く食べないと、カビカビになっちゃうでしょ。食べ物は大事にしなきゃならないでしょ。だから、僕たち、食べてあげようと思ったの !! 」

「…………」
人は、それを窃盗行為と呼ぶ。
呼ぶのだが――。

小人たちの必死の形相があまりに可愛らしかったので、瞬は彼等をケーキ泥棒呼ばわりすることができなかったのである。
実際、この季節にケーキをテーブルの上に置きっぱなしにすることは、確かに危険な行為ではあった。

「うん、そうだね。冷蔵庫に入れておかないと、この時期は危ないよね。冷蔵庫入れておいた方がいいって言っといたのに、入れとかない星矢も悪いし」
「そうなの! きっと、あのままだと、このケーキ、ダメになってたと思うの」
「そんなことになったら、ケーキがかわいそうだよねー」
「だよね〜!」× 15

この段になって、瞬はやっと、この可愛らしいケーキ泥棒が全部で15人いることを確認できた。
その15人の小人たちに、瞬が頷く。
「うん。持っていっていいよ。星矢には、僕が代わりのケーキを調達しとくから」

瞬の言葉を聞いた小人たちが、一斉に安堵の溜め息をつく。
そして、小人たちは、ぱっと明るい笑顔になった。

「ありがとう、おね……えと、おにーさん? 僕たち、おにーさんの親切は決して忘れません!」
「どういたしまして。ケーキも、小人さんたちに食べてもらえたら、きっと本望でしょ」

瞬がにっこり笑ってみせると、小人たちは、突然、円陣を組んで、何やら相談事を始めたのである。





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