「3つの願い事……?」

不思議の国の小人たちと名乗った小人たちの、その言葉は本当なのか、それとも、自分は、梅雨の合間の夏の太陽に幻を見せられたのか――?
瞬は、小人たちの姿が消えてしまってからもしばらく、煙に巻かれた気分で、城戸邸の庭の片隅にしゃがみこんでいたのである。

小人たちを見送った時の態勢のままで、かなり長い時間を過ごしてから、瞬はやっと立ちあがった。
そして、瞬は、ものは試しとばかりに、小人たちに教えられた魔法の呪文を唱えてみたのである。

「可愛い小人さん、可愛い小人さん。どうか世界中の人をみんな幸せにしてください」


――。

瞬が自分の願い事を言い終わっても、世界に変化は見られなかった。
瞬の眼前には、今は静かになった城戸邸の庭が、数分前と同じように、うららかな陽射しを受けて広がっているばかりである。
何も、変わった気配はない。

瞬は、ケーキ好きの小人たちは、やはり真昼の夢だったのかと、少しがっかりした。
それでも、瞬は、僅かばかりの期待を胸に、足早に邸内に戻り、ラウンジにあるテレビのスイッチを入れてみたのである。

残念ながら、奇跡は起こっていなかった。
そこには、いつものように、数日前から続いている某国の内紛の様子が映し出されていたのだ。

世界は、何も変わっていなかったのである。

やはりあれはただの幻だったのだと、瞬が肩の力を落とした、その時。
テレビの画面に映っていたニュースのコメンテーターが、妙なことを言ったのである。
「私は、この内紛の中、現状をありのままに受け入れ、絶望せずに生きていく人々に感動を覚えます。彼等の姿を見ていると、同じ人間として誇りを感じ、そして、幸福とはこういうことなのではないかと思うのです――」

画面に衛星中継で映し出されている内紛国の人々は、確かに暗い表情はしていなかった。
家を失った難民たちも、敵を殺そうとしている兵士たちも――彼等は一様に明るい表情をしていて、誰も、自身を不幸だと思っているようには見えない。
彼等の瞳は、希望に輝いているようにさえ見えた。


もしかしたら、自分の願いは叶えられたのかもしれない――と、瞬は思った。
思ったのだが。

それは、瞬の思い描いていた“幸福な世界”とは違う姿をしていたのである。
瞬の思い描いていた誰もが幸福な世界とは、そもそも敵対する存在がなく、人々が武力や暴力で敵を排除しようとする意思を持たない世界だった。
争いの中で、それでも自身を幸福だと思うような世界ではなかったのである。


瞬は、自分が、願い事の願い方を間違えたことに気付いた。
そして、せっかくのチャンスをふいにしてしまったというショックに打ちのめされて、その場にへたりこんでしまったのである。





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