「じゃあ……氷河のマーマを生き返らせるっていうのはどう? そうなったら、氷河、嬉しい?」

せめて氷河のためになる願い事を――。
そう考えた瞬の思いつきは、逆に氷河を怒らせてしまったようだった。

「瞬、本気でそんなことを言っているのか?」
それまで、瞬の不手際と困惑に苦笑しているばかりだった氷河が、初めて険しい顔になる。

氷河の思いがけない反応に、瞬は小さく身体を震わせた。
「氷河……?」

「生き返ってほしい人間は、おまえにだってたくさんいるだろう。いや、おまえや俺でなくてもだ。彼等を全員生き返らせることはできない。できたとしても――精一杯生きて死んでいった者たちを生き返らせようとすること自体が、彼等への侮辱になるとは思わないか」

「ご……ごめんなさい……」
自分の思いつきの軽薄さに気付いた瞬が、しょんぼりと肩を落とす。

氷河は、慌てて表情を和らげた。
それが、瞬が瞬なりに仲間のことを思っての考えだということは、氷河にもわかっていた。

「そんなことより……どうだ? いっそ、一輝がいつもおまえの側にいてくれるように願ってみたら」
「そんなこと……。兄さんは兄さんの考えがあってそうしてるんだと思うのに、僕が勝手にその意思を捻じ曲げることなんでできないよ」

瞬の返答に、氷河が首肯する。
「つまりは、そういうことだ。自分のことを願えばいいんだよ。そうするしかないんだ」

「でも、僕は――」
瞬は、自分の願いや望みは、自分の力で叶えたかったのである――氷河と同じように。

口ごもる瞬に、氷河が、まるで試すように提案する。
「全人類が無理なら、おまえが、永遠に、完全な幸福の中で生きていられるように願ってみるというのはどうだ?」

「僕の完全な幸福……?」

それはどういうものなのだろう――と、瞬は、自身の想像力をフル稼働させてみた。

すべてが満ち足りて、不満も不足もない状態。
そんな世界では、当然、望みも願いも必要ではなくなるだろう。
だから、生きている甲斐もない――。

“完璧な幸福”とは、もしかしたら“不幸”と同義なのかもしれない――と、瞬は思った。

「完全な幸福なんて……なんだかつまらなそう……」

瞬の呟きに、氷河は安堵した。
瞬は確かに愚か者ではない。


「ね、じゃあ、人の心に関わる願い事はやめて、世の中から争い事がなくなるようにっていうのはどうかな?」
「争いは、争っている当人たちが自分の意思でやめるんでなきゃ意味がないだろう」

結局は、それも、他人の意思を支配することである。
氷河は、左右に首を振った。

「おまえはおまえのことを願えばいい。おまえの小さな望みを叶えればいい。ないのか? ほんの小さな願い事も?」





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