辛い旅を3ヵ月も続けた頃――。

いったい自分たちがどこまでやって来たのかはわかっていませんでしたが、日を追うにつれ、吹く風が仄暖かいものに変わっていくことだけは、ヒョウガにも感じとれていました。
そして、長い旅は、ヒョウガよりもむしろシュンの方を疲れさせているようでした。


その夜、二人は、人里に辿り着くことができず、高い岩山の中腹にある窪地で野宿をしていました。
ヒョウガは、メロペ姫の夢を見ていました――見ていたような気がしていました。

ふいに優しい感触の手がヒョウガの頬に触れ、ヒョウガが反射的にその手を捉えます。

「姫――」
そして、次の瞬間、ヒョウガは、その手の主を、自分の胸の中に引き寄せていました。

「ヒョウガ……!」
夢うつつでメロペ姫を抱きしめていたヒョウガの目を醒まさせたのは、シュンの声でした。

「シュン?」
その優しい手の主は、ヒョウガが恋焦がれている人ではなかったのです。
ヒョウガの胸の中で、シュンの身体は小刻みに震えていました。

「ああ、すまない。寝ぼけていたらしい」
上体を起こし、シュンの身体を解放してから、ヒョウガは自分の失態をシュンに詫びました。

そんなヒョウガに、一瞬のためらいの後、シュンが思いきったように言ってきたのです。
「あの……僕……メロペ姫の代わりができる……と思います」
「なに?」

最初、ヒョウガは、シュンが何を言っているのかが理解できませんでした。
シュンの意図を汲み取るためにシュンの頬に手を伸ばし、そこが燃えるように熱いのに気付いて、ヒョウガはやっとシュンの言葉の意味を理解しました。

「そんなことができるか」
「でも……」

恋焦がれている人に会えないのがどれほど辛くても、そして、シュンがどれほど自分に尽くしてくれているにしても――否、だからこそ――そんなことをシュンにさせるわけにはいきません。

シュンの言葉を言下に拒絶したヒョウガに、けれど、シュンは食い下がってきました。
「僕……は、構わないんです」

言葉の上では、それは、提案のようであり、提供のようであり、あるいは犠牲の覚悟のようでもありました。
実際、そうだったのでしょう。

けれど、ヒョウガには、シュンの声音に、それらのものとは違う、必死の決意を感じ取ることができていたのです。

「馬鹿なことを考えるな」
ですから、ヒョウガは、わざと幼い子供をあやすようにシュンの頬に触れて、シュンの悲愴な覚悟を誤魔化してやるしかなかったのでした。






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