さて、その夜。

氷河が離れると、瞬は、乱れた呼吸を整えるために、しばらく固く目を閉じていた。
なんとか言葉を発することができるようになってから、城戸邸の高い天井に向かって呟く。

「言葉使いも直さなくちゃ」
それは、到底、男らしいとは言い難い言葉使いだった。

「あと、泣き虫もやめて」
つい先程まで、氷河の下で泣いていたのは、他ならぬ瞬である。

この矛盾しまくった瞬の言動にどう対処したものか、はっきり言って氷河は弱りきっていた。

「僕、何かっていうと、兄さんに助けられてるし」
「出遅れる俺が悪いとでも?」
「そういうことじゃないってば」
結局拗ねるしかなくなってしまった氷河に、瞬がフォローを入れてくる。
自分のしていることの傍迷惑さに気付いていないらしい瞬に、氷河は溜め息をついた。

「おまえは、本気になるのに時間がかかるんだから、仕方ないだろう。一輝に助けられたくないからって、改心の機会を与えずに、最初から小宇宙全開でいくか? おまえにそんなことができるわけが……」
「できるよっ!」
「そんなことをするおまえは、俺の好きになったおまえじゃない」

抑揚はないが、低くきっぱりした声で氷河にそう言われてしまった瞬が、じわりと瞳を潤ませる。
先程まで氷河に喘がされて涙を流していた瞬の涙腺は、平時よりももろくなっているようだった。

「氷河は意地悪だ」
泣き虫をやめると言ったそばから、これである。
瞬が本当に泣き虫でなくなってくれたなら、自分は瞬にもっと強く出られるようになるだろうにと内心で嘆息しながら、氷河は瞬の目許に唇を寄せていった。

「そんな外面的なことを気にしてどうするんだ。おまえは、他の人間には持ち得ない強さと優しさを持っている。他に何が必要だというんだ」
瞬の睫毛が、氷河の唇をくすぐる。
「言葉使いもな、自分の意見を人に正しく伝えられないというのなら、それも問題だろうが、おまえのそれは何の問題もない。俺や星矢みたいに、敬語もろくに使えない方がよほど問題だぞ」

「それは、でも――」

瞬の馬鹿げた反論は、もう聞きたくない。
氷河は、瞬に、反駁する時間を与えなかった。
「道で転んで泣いている子供に、『泣いてないで、自分の足で立て』と言うおまえより、すぐに駆け寄って助け起こしてやるおまえの方が、俺は好きだ」

実際、そういう場面に遭遇したら、瞬はそうするだろう。
そうしない瞬は、瞬ではない。
「『泣いてないで、自分の足で立て』は、俺がそのガキに言ってやるから。世の中には、役割分担ってものがあるんだ。おまえは、“優しい”担当、俺たちは――まあ、“無神経”担当だな」

「でも、どうして僕が――」
『“優しい”担当でなければならないのだろう?』と言いかけた瞬の唇は、氷河のそれでふさがれた。

「おまえは、自分がどれほど強くて、どれほどの力を持っているのか、知らないんだよ。おまえは、男らしくはないかもしれないが、多分、世の中で最も強い部類の人間だぞ。俺なんかの100倍も、おまえは人間として強い」

「氷河……」
氷河にここまで言われてしまうと、瞬にはもう反駁の言葉は思いつかなかった。
“男らしくないこと”を、氷河や仲間たちに軽蔑されていないのなら、今のままの自分を仲間たちが必要としてくれているのなら、それでいいかと、瞬は思い始めていた。
そして、そう思ってしまうことにした。

「うん……」
いつもの素直な瞬に戻り、瞬が頷く。

氷河は、ほっと安堵の息を洩らした。
そして、言った。
「納得できたところで、瞬」
「なに?」
「もう一度、男らしく脚を広げてくれないか。こう、大胆にがばーっと」

次の瞬間、氷河は、彼の100倍も強い瞬に、完膚なきまでに叩きのめされて、ベッドの下に転がっていた。






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