その翌日のことだった。
氷河が、その子供に会ったのは。

マンションの地下駐車場に車を入れた氷河は、ふと、駐車場から自身の部屋への直通エレベーターを使わずに、外に出る酔狂を起こした。
星が、恐ろしく綺麗な夜だったのである。
昔、戦場で、幾度か瞬と見上げたその時のように。

戦場とは違い、氷河が今立つその場所は、花崗岩やコンクリートを使って作られた人工的な庭で、彼の横に、あの笑顔の持ち主はいなかったのだけれども。


「おじちゃん……おにいちゃん」

夜の庭に立ち、十数年の年月ごときでは何も変わらない星々を見上げていた氷河の足許から、突然小さな声が湧いてくる。
もう深夜と言っていい時刻だというのに、そこには、氷河の腰に届くか届かないほどの子供がひとり立っていた。

歳の頃は、5、6歳というところだろうか。
これでは、『おじちゃん』でも仕方がないかと苦笑しかけた氷河は、改めてその子供の顔を見、そして、息を飲んだ。

「瞬……」

そこにあったのは、幼かった氷河が初めて出会った時そのままの瞬の姿――だった。

「ここ、どこ?」
その子供が、少し不安そうな目をして、氷河を見上げてくる。
声も、氷河の記憶の中にある瞬のそれと同じだった。

「君の名前は――」
「瞬って呼んだよ?」
震え掠れる声で尋ねた氷河に、知っていることをなぜ尋ねるのかと問い返すように、その子供が首をかしげてみせる。

「ママはどこにいる」
「もういない」
「どこから来たんだ」
「ここに来ればいいことがあるって、誰かが僕に言ったの」
「誰がそんなことを」
「知らない」
「…………」

それ以上の言葉を、氷河は作りだすことができなかった。
言葉を失ってしまった氷河を不思議そうに見上げていた子供が、その視線を氷河の目よりも高い場所へと移す。

「今日は、お星様、すごいね」
「ああ」

これはいったいどういう奇跡なのだろう――?
子供に促されて満天の星空を見上げ、その星の瞬きにほんの一瞬気が遠くなりかけた氷河が再び視線を自身の足許に戻した時、その懐かしい姿は、夜の闇の中に忽然と消えてしまっていた。






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